誰よりも体調管理に気を遣っていた田中に、12年、さらなる味方がついた。里田まい(29)との結婚だった。
楽天の前監督だった野村は「野球選手の妻として大切な三大要素」として「料理が上手なこと」「明るい性格の持ち主」「外出好きでないこと」をあげていた。里田は、野村が指摘した要素を十分に持っている女性だった。交際中には、アスリートのための食事をサポートするための資格「ジュニア・アスリートマイスター」を取得。結婚後の食生活に生かしているのだ。「早く家に帰ってゆっくり食事をしたい」と言う田中を見るかぎり、野球人の理想の妻と言っても過言ではない。
また里田は、田中が遠征に出かけている時間を利用して英会話を勉強している、という話が伝わってくるにつけ、将来のメジャー行きの計画について、着々と進行させているように思えるのだ。
今季の田中がローテーションをきちんと守りながら、中6日の登板をこなしていけたのは、嶋と里田という2人の女房の存在があったからだろう。
だが、ここまでの道のりには、大きな危機もあった。それは第3回WBCでのふがいないピッチングだった。初戦のブラジル戦では、2回1失点でマウンドを降り、その後、抑えに回ったが本調子にならないままチームが敗退した。そんな田中に対して星野監督は、「お前の兄貴分のダルビッシュはメジャーに行って大きな進歩をしているのに、お前はまだまだ進歩が足りないじゃないか」と、珍しく直接的に声をかけた。この言葉に田中は、「スッキリした」と口にした。監督のハッパが今まで詰まっていた胸のつかえを取り除いたのだ。
さらに田中の気分を一変させたのは、楽天投手陣たちのねぎらいの言葉だった。
「終わったことをいつまでもクヨクヨしていてもしかたがない。前を向いて頑張っていこう。これで役者がそろった」
そして、投手陣が勢ぞろいして慰労会を開き、全員が田中に酒をついだ。そんなナインの気持ちに触発され、チームに戻ったとたん、前向きに変わっていったことは確かであろう。
バッテリーを組む嶋のひと言も大きかった。
「お前一人で苦しむのはよそう。オレたち、皆、仲間じゃないのか」
田中が振り返る。
「あの言葉を聞いて、嶋さんと一緒に戦っていこうと本気で思った」
田中が投げる時の嶋は3割6分5厘の高打率をマークしている。これほど心強い相棒はいないと感じたことだろう。
「僕がいちばん信頼している人です。僕が投げる時はよく打ってくれますから」
と、田中は全幅の信頼を寄せる。
3試合目の登板となったソフトバンク戦(4月16日)では、7回4失点でマウンドを降りることとなった。これには、内角に思い切り投げないバッテリーに星野監督が激怒。ところが、嶋は「自分が内角を投げさせなかった」と田中をかばったという。のちにコーチから嶋の擁護発言を聞かされた田中は、ますます嶋を信頼するようになっていった。
「今年の将大は、こっちの意図していることを考えて投げてくれる。リードしていて楽しいです。自分が危険を感じたなら、わざとボールにしてくれるし、適当に首を振ってくれるし、すごい投手になりました」
嶋は田中の成長ぶりをこう表現する。それゆえに優勝を決める登板で、田中は嶋に対して、外角一本の速球で恩返しをしてみせたのだった。
◆スポーツライター 永谷 脩