昨季の契約更改の場で、田中が来季の頑張りしだいで念願のメジャー行きの可能性もあることを示唆されたことは、いまや周知の事実。キャンプに向けてのオフのトレーニングも例年以上に力が入っていたのも言うまでもない。また、帰国していたレンジャーズのダルビッシュ有と食事をしながら話す機会を持ったことで、メジャーへの気持ちはさらに高まっていった。メジャー1年目にして13勝をあげたダルビッシュが、「メジャーの硬いマウンドに対応するために、日本で結果を出していたにもかかわらず投球フォームを改良した」とテレビ番組で話していたのを見ていた田中は、その時の疑問をそのままダルビッシュにぶつけた。するとダルビッシュは快く、メジャーでローテーションを守るためのトレーニング方法をアドバイスしたという。
田中の性格をよく知る駒大苫小牧高校の恩師・香田誉士夫は、「将大は人の言うことを聞くほうではないが、自分の中で認めた人に対しては意外なほど素直になれることがある」と語っていたが、兄と慕うダルビッシュの体験談は、大いに参考になっていたのだ。
そして昨季のオフから、トレーニングの主軸を筋力増強トレーニングより「体幹」を鍛えるものに変化させていった。体幹とは体の中軸部を指し、近年、腰痛などのケガの予防や選手のパフォーマンスを発揮するうえで欠かせないトレーニングとして注目を浴びているもので、サッカーでは長友佑都がいち早く取り入れて話題となっている。
田中本人は「今までどおりやるだけですから」と言って、多くは語りたがらないが、投手コーチの佐藤義則はその違いをこう感じ取っていた。
「田中の欠点というか、弱点の一つは左膝が(投球時に)割れること。左足がオープン気味に下りてくるので、力が逃げる傾向があった。それを直せば、もっと強い球が投げられると思って、本人に09年のオフに言ったことがある。田中は『やります』と言っていたのだけど、着手をしかけた時に捻挫をしてしまった」
力強い球を投げるためには、土台となる体作りが欠かせない。だが、田中の肉体改造は故障やケガで先延ばしになっていた。
12年3月に、田中はタレント里田まいと入籍。栄養面については、奥さん任せで大幅に改善。里田が作るたんぱく質中心の手料理に舌鼓を打ちながらも“肉体改造”に焦点を定めた。
〈強い球を投げるためにはどうすればいいのか〉
長年の命題に対して、周囲の環境が整い、田中本人のプロ意識にダルビッシュが火をつけた。その行き着いた結論が「体幹を作り直す」ということだった。
「本人が納得したうえで自主的にトレーニングを継続してくれないと、その場限りになる」(佐藤コーチ)という言葉にもあるとおり、田中の地道な肉体改造が、結果的に25連勝というとてつもない数字になって表れたと言っていい。
田中本人は「(今季も)特別に変わっていない」と平然と言うが、明らかな変化に気づいたのは、他ならぬ女房役の嶋だった。
◆スポーツライター 永谷 脩
◆10/22発売(10/31号)より