チーム創立9年目にして初のリーグ優勝を果たした楽天イーグルス。その立て役者と言えば、24勝0敗の田中将大に他ならないだろう。繊細かつ大胆なピッチングは昨シーズンとは一線を画す安定感を誇る。その裏には、陰で支える女房役の存在があったのだ。
9月26日の対西武戦、1点ビハインドの7回、楽天・田中将大(24)がブルペンに入った時、ライト側スタンドから大きな歓声がわき起こった。星野仙一監督(66)の“優勝を決めるマウンドには田中を立たせてあげたい”という思いが、粋な配慮につながったのだ。
楽天は7回に、ジョーンズの二塁打で4-3と逆転。8回の西武攻撃時には、2位のロッテが日本ハムに敗れるという知らせが入った。この時点で、前日にマジック1にしていた楽天の優勝は決まる。あとは9回の田中の登板を待つだけだった。
開幕から21連勝中の田中だったが、優勝はもちろん初めての経験である。先頭打者の鬼崎裕司(30)に対して初球150キロのストレートは緊張のため、ボールは高めに浮き、大きく外れた。そこで女房役の捕手・嶋基宏(29)はすかさず変化球を要求。
2球目にストライクを取ると、3球目も続けて変化球。かろうじてバットに当たった打球は、田中の頭上を越え、内野安打になった。
続くヘルマン(35)に対しても、走者を警戒するあまり、四球を出してしまう。西武ベンチは片岡治大(30)に送りバントさせ、一死二─三塁からクリーンアップにつなげる作戦に出た。ここからが今季の田中を象徴するようなピッチングだった。
「今年の田中には、『走者を出してもギアが入っているから思い切って腕を振っていこう』ということだけを言いました。余分なことは言わなくてもわかってくれます」
試合後に嶋がこう語ったように、2人の阿吽の呼吸はこの時、「困った時の外角低め」で一致していた。
三番・栗山巧(30)に対して、外角低めに152キロのストレートから入り、3球三振に。続く4番・浅村栄斗(23)に対しても全球150キロを超すストレートで、2-2からの空振り三振に打ち取り、創立9年目にしての初優勝をみずからの右腕で手中に収めたのだ。
「あそこまできたら、まっすぐで押すのがいちばんいいと思った。将大は必ず応えてくれると思った」
8球続けての直球勝負について、嶋はこう言った。絶体絶命のピンチになってもまったく動じない信頼関係が、最後に結実したのだった。星野監督が7度宙に舞う中で、田中はカメラに向かって、大きくジャンプする一方、嶋はただただ号泣するばかりだった──。
この対照的な2人のバッテリーの間には、ここに至るまでのさまざまな思いが去来していた。
嶋のリードは、入団時の監督だった野村克也により「相手打者を見ながら、外角を中心に組み立てるべき」と教わり、それを実践してきた。ところが、星野監督が就任してからは、外角中心のリードを嫌うあまり、たびたび嶋に対して檄が飛んだ。集中打を浴びるのは、大胆に内角をえぐる球を投げていないからと映ってしまうのだ。ミーティングでも、「もっと内角をえぐって強気のリードをしろ」と何度も叱責を受けていた。
特に、9月18日の対ソフトバンク戦では、6点差をひっくり返され10対11で敗戦。その翌日には、「逃げのリード」の烙印を押され、スタメンを伊志嶺忠(28)に奪われたことさえあった。そんな中、いつも自分の責任にして、投手陣をかばっていたのが嶋だった。そのことを投手陣は全員知っていた。「打たれるのはコントロールが狂った投手が悪いのに‥‥」と、田中も責任感の強い嶋に報うべく、決意を新たにしたのだった。
◆スポーツライター 永谷 脩
◆10/15発売(10/24号)より