リードの責任は全て女房役にある──。一貫した嶋のスタンスに、田中の信頼は厚かった。優勝を決めた一戦でも、得点圏に走者を置いてからのピッチングを外角一本にしぼり、ストレートにこだわったのは、これまでに築いてきた信頼関係がなしえた配球だった。逆説的に言えば、これまでミーティングで叱責されたような“内角への投球を使うことなく三振を取れる”ことをチーム内外に証明したのだ。
そしてウイニングボールとなった153キロのストレートは、7年前の夏の甲子園大会の決勝戦のことを思い出させたものだった。
相手は、京都外大西高校。田中は5回途中からマウンドに上がり、優勝を決める最後の一球を151キロの速球で空振り三振に仕留めている。この時、田中は「最後はまっすぐで仕留めたかった」と、速球で決めたことについて満足そうに答えていた。その姿と優勝時の田中の姿がダブって見えたのだ。
しかし、田中のピッチングスタイルは今季に入って明らかに変わった。担当の佐藤義則投手コーチは、「大人の投球ができるようになってきた」と評した。その大人のピッチングとは、「何が何でも三振を取りにいくというものではなく、(緩急をつけて)力の入れ具合をわきまえている」ことを意味している。
事実、開幕からのプロ野球同一リーグ連勝記録のタイ記録に並んだ“20”を更新した日本ハム戦(9月6日)では、“あと一球コール”に押されながら、最後の打者・佐藤賢治(25)に速球を粘られると、あっさりカーブに切り換えて、空振り三振に打ち取った。
こうした今季の田中の躍進の陰には、意識改革があったのは事実だろう。その立て役者となったのが、12年オフに対談した江川卓(元巨人)の存在だ。
現役時代の江川も田中と同じようなタイプで、球種はそれほど多くない投手だった。そんな江川が田中に進言したのは“手抜きのススメ”だった。つまり「勝てる投手になるには、初回から最終回まで目いっぱい投げていてはもたないぞ」という投球術を授けたのである。当時、こうした江川流の投球術は“江川の手抜き”と揶揄されたが、田中に昔の自分の姿を投影して、その投球術の真髄を伝授したのかもしれない。
「初回の150キロと最終回の150キロでは、体感速度に慣れた最終回のほうが遅く見えるはず。そこを考えて投げたほうが効果的」
と伝えたのも、江川がいかに田中を評価していたかという証しだろう。
◆スポーツライター 永谷 脩
◆10/15発売(10/24号)より