「なみだ恋」「舟唄」「雨の慕情」など数々のヒット曲を歌い続けてきた八代亜紀。2020年に歌手生活50周年を迎え、昨年末には新曲「居酒屋『昭和』/月ノ小舟」をリリースしたばかりだ。話題の新曲、デビューからの足跡を熱~く語った。
──新曲「居酒屋『昭和』」は、谷中や日暮里など下町の横丁にあるような粋な店で、いろいろあった男が背中で飲んでいるような、しみじみとした歌ですね。
八代 聴いていただけましたか。とってもいい歌詞でしょ。私は懐かしさが込み上げてきて、自然と歌を口ずさんでいました。胸をチクッとさせられた感じもありますね。バリバリに昭和を生きてきた80代半ばまでの方なんて、「昭和」って聞いただけでウッとされるんですよ。でも、その一方で、40代の昭和生まれの世代でも思い出は平成じゃないし、平成生まれの20代の若い方でも、昭和に生まれてみたかったって。
学生時代はストとかをやってつらい思いをした人でも、バブルのいい時代を経験して、ガンガン行きなさいというあの時代を懐かしく思っている。銀座で飲み代が何十万円なのに全部、会社のツケ、サイン一つでオッケーなんて(笑)。平成生まれの方たちは「僕も経験してみたかった」って言いますからね。昭和の匂いがする居酒屋で昭和を思いながら‥‥という若者もいると思います。
──「居酒屋『昭和』/月ノ小舟」は日本作詩家協会創立55年記念と八代さんのデビュー50周年特別企画で作られました。「昭和」を作詞した中山正好さんは第53回日本作詞家協会の最優秀作品・新人賞を受賞しましたが、カップリング曲「月ノ小舟」(同優秀作品・優秀新人賞)も歌詞が胸にしみますね。
八代 「月ノ小舟」は竹内清訓さんの作詞です。夫と二人で月に照らされた道に舟を出して漕いで、誰も知らない島に行こう、そこで二人で暮らす、何もないけどあなたの笑顔がある。年を取ってともに白髪が生えた頃に、あなたが先に逝っちゃっても泣かなくていいよ、ちょっとだけ先に逝くだけだから‥‥。すばらしい、すごい歌詞だと思います。レコーディングではみんな泣いたし、バイオリンの方は本当に泣けちゃったって。今は大変な時代で、みんな我慢しています。そんな時代に愛を求めて信じる男女。夫婦でも恋人同士でも聴いてほしい歌ですね。
──15歳でバスガイドを辞めて熊本から上京してきた八代さんは、これまでつらい経験もたくさんあったかと思います。
八代 バスガイドをしている頃は父をだましていました。ジュリー・ロンドンというアメリカのジャズシンガーに憧れ、ステップアップを考えてキャバレーで歌いました。私はクラブシンガーとして歌っていたいだけなのに、父に正直に言ったら絶対に許してくれない。だからバスガイドをやると。それなら許してくれるのではという、15歳の女の子のあさはかな抵抗でした。でも3日でバレて、ものすごく叱られました。あの時の父の怒った顔を今でも思い出します。叱っている顔を見上げてみたら泣いていました。父もつらいんだ、すごい親不孝をしたんだと思いましたね。苦労した父になんてことを‥‥。いつか父を助けなきゃ。ずっとそう思ってきました。
その時、父には「不良はいらない。お父さんの子じゃない」と言われて。東京で苦学して医者になりたてだった従兄に、母が、面倒を見てと頼んでくれて。「いいよ」っていうので上京しましたが、従兄は新婚ホヤホヤだったんですよ。住んでいたのは目黒の四畳半だけど、そこに3人で川の字で寝かせてもらって(笑)。