チベットでも緊張は続いている。
「チベットはダライ・ラマ14世が1959年にインドに亡命して以来、民衆は悪政の下に呻吟〈しんぎん〉しています」
と宮崎氏は指摘する。かつて胡錦濤前国家主席がチベット自治区に書記として赴任。チベット民衆の蜂起を武力弾圧したという。
「漢族のチベット入植はおびただしく、ビジネスのおいしいところはほとんど独占した。チベット族は開発プロジェクトといってもどれほどのおこぼれもありません。市内のタクシーは資本の関係から漢族の運転手が圧倒的で、チベット人は人力車の車夫くらいしか雇用はない。ショッピング、レストランにしても、ほとんどが四川省から出稼ぎに来る漢族。彼らは観光シーズンが終わると店を閉めて四川省に帰る」(宮崎氏)
つまり、あとから入植した漢族が仕事のほとんどを強奪しているのだ。
しかし、新疆ウイグル自治区のイスラム教徒と異なり、チベット人は過激な武力闘争やテロをやらない。
「チベット人はおとなしくて非暴力主義。生まれ変わりを信じ、心の豊かさがあれば、物質にはとらわれないのです」(宮崎氏)
だが、近年の中国政府の同化政策は激しいものがある。学校では授業も遊び時間も北京語が強制され、チベット語が話せない若者が増えたという。多民族国家の中国を無理やり漢民族中心の1つの国家にまとめようとすること自体が土台、ムチャなことなのだ。
その証拠に中国各地で民衆の憤懣が爆発している。
山西省の共産党委員会の庁舎前で11月6日早朝、発生した連続爆破事件。
「庁舎前の花壇や植え込みには少なくとも5カ所の穴があき、爆発で割れた車のガラスが散乱。パチンコ玉を一回り大きくしたような鋼鉄球など金属片が数十メートルの範囲に飛び散った」(前出・外信部記者)
この事件では1人が死亡し、重傷1人を含め8人が負傷。公安当局が41歳の男の身柄を拘束した。
国営メディアによると、この男は窃盗罪で懲役9年の判決を受けたことがある。当局の調べに対し、男は容疑を認めているというが、何者であるかまだわかっていない。
政権に不満を抱える民衆の暴発説や、殺傷能力の高い爆発物だったことから、人民解放軍関係者の関与説などもささやかれている。
今回の事件について中国事情に詳しいジャーナリストの富坂聰氏が言う。
「この事件には2つの犯行の可能性があります。1つは生活に窮し、食い詰めた人が惨状を理解してもらえず、社会への怨みをぶつけたテロが考えられる。もう1つは、山西省は石炭の産地として有名ですが、実は闇の炭鉱業者が多く、この闇業者による犯行の可能性もあるのです」
勝手に炭鉱を掘って儲ける業者が横行し、中央政府が取締りを強化。両者の間で深刻な利害対立が起きているというのだ。
また、こんな見方も。
「今回使われた特殊爆弾を製造するのは軍関係者以外には困難です。大きな地下組織が存在する可能性もある。習体制は、いまだに軍を掌握できておらず、というのも、軍は最近の論文で天安門事件を評価したり、複数政党制を認める内容を発表していましてね。習体制は軍に対する締めつけが厳しく、体制離れが加速しているのではないか」(宮崎氏)
いずれにせよ、習近平国家主席率いる中国共産党がかつてない危機に直面していることは間違いない。
前出・富坂氏が続ける。
「中国は今、さまざまな危機に直面しています。しかし、噴出する不満がどの程度のものなのか。政権を転覆させる重大なものか、とりあえず自分たちの要求を当局がのめば引っ込めるものか。それが正確にわからないかぎり、習近平国家主席率いる共産党政権がどうなるかはわからない。共産党に代わる受け皿が出てくるのか。それともリーダー不在のまま政権が転覆する『アラブの春』のようになるのか。三中全会(11月12日に閉幕した中国共産党首脳が集まった第18期中央委員会第三回全体会議)でも、頻発する事件にどうすればいいのか妙案は出なかったといいますから‥‥」