女優・太地喜和子が死去したのは、1992年10月13日。享年48。事故死であった。
乗用車が桟橋から海に転落、同乗していた太地は溺死した。酒を飲んでいたうえに、太地は泳げなかったという。その唐突な消失は、いまだ現実感が伴わずに、フィクションの一場面のようだ。
「いい女」「恋多き女」といえば、太地であり、結婚し離婚した秋野太作、さらに三國連太郎、十八代目中村勘三郎、七代目尾上菊五郎、志村けんなど、ウワサになった男たちは数多い。
彼女の魅力である、含羞をも垣間見せるその笑顔が“堪能”できるのが、「男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け」(1976年・松竹)である。
太地演じる芸者・ぼたんが登場するのは、本編のほぼ半ば。例によって、招かれざる客の寅さんが、地元名士の長すぎる挨拶に退屈する。目前の膳にのる芋の煮っころがしを箸でつかもうとして、その芋がころがりおちて、畳の上をころりんころりんの一席。
ここで屈託なく笑い転げるのが太地演じる芸者・ぼたん。笑いを交わす寅さんとの呼吸が絶妙で、一気に気心が通じて…のくだりである。
宴席ゆえに、笑いのめし、酒酌み交わしのシーンだが、その笑顔にさえ、少しの“無理”がほの見えるのである。はにかみだったろうか…?おそらくは、実母を知らぬ私生活でも、見せていたであろう、はにかみと哀しみを隠すための大酒でもあったろうか…?
映画では、「いずれそのうち所帯を持とうな」との寅さんの一言を受けたぼたんが、「とらや」を訪れる。
そこで会うさくらを「こんなにかわいらしい奥さんがいてはるやないの」と、寅さんを咎める顔が、この“はにかみ”顔である。
男はこんな女の顔を見れば、離れられなくなるに決まっている。
三國連太郎は、後に、「あなたのからだにひれ伏すことがイヤだった」と別れの原因を太地に語ることになるが、もとより、“身も心も”だったにちがいないのである。ラスト近くに、
「アタシ、生まれて初めてや、男の人のあんな気持ち知ったん」
という、ぼたんのせりふが、太地喜和子自身に重なる。虚実皮膜が見て取れる名シーンである。
(文中敬称略)