水島氏の代表作といえば「ドカベン」。高校卒業で終わるかに思えた明訓高校の面々の群像劇はその後、プロ野球編に突入。そこで、ドカベンの登場人物と実在のスター選手の夢対決が次々と実現したのだ。今季のプロ野球の話題を独占している日本ハムの新庄剛志新監督をはじめ、松井秀喜、イチローなど、後にメジャーに渡るトップ選手もキャラクターになったが、きっかけはあるスター選手の一言だった。出版関係者が明かす。
「実は『ドカベンプロ野球編』がスタートするまでには、前作にあたる『大甲子園』終了後から8年間の空白があった。この空白期間も旺盛な取材を続けていた水島氏に当時、西武の主砲だった清原和博が『どうしてドカベンはプロに来ないんですか。山田太郎とクリーンアップを組みたいんです』と直談判。これを聞いて水島氏はシリーズ再開の着想を得たそうです。それで山田太郎は西武に、メインキャラクターの一人である岩鬼正美は御贔屓のダイエーホークスに入団させることになった。これには、ドカベンファンで知られるイチローからも『オリックスには絶対に殿馬一人を入れて、僕と1、2番コンビにしてください』と懇願されたとか」
こうして、漫画と同時進行で成長した現役選手たちにとっても、「ドカベン」に描かれることが、大きな目標となったのだった。
とはいえ、漫画に描かれた人物がすべて好意的ではなく、権利ビジネスが盛んになっていくにつれ、水島マンガに対する締め付けもまた厳しくなっていったという。出版関係者が振り返る。
「実は『あぶさん』連載時、ダイエーが獲得した助っ人外国人が、肖像権をタテに高額の出演料を請求してきたんです。以後、水島氏のマンガでは、外国人選手の描写が極端に少なくなりました。また、90年代後半には、NPBが本格的にライセンスビジネスを開始して、実在選手の作品登場に年間数十万円の肖像権料が課せられることにもなりました」
この決定は当時、球界内外で波紋を呼んだ。漫画と同時期に甲子園から南海で活躍し「ドカベン」の愛称で親しまれた香川伸行氏(14年死去)は、水島氏の心情をこう代弁したものだった。
「そりゃないでしょう。逆に機構側が先生に宣伝料をお支払いしてもいいくらいですよ」
ただそれでも、誰よりも「野球狂」だった水島氏の熱は冷めることなく、連載は18年まで継続。見事にシリーズ完結まで走り抜いたのだ。
最後に、「ドカベン」作中で里中智と山田の妹・サチ子の仲人を務めるほど水島氏と縁が深かった袴田氏が弔意を表する。
「20年に漫画家を引退された時に電話を頂き、落ち着いたら食事でも、と約束していましたが、コロナもあって実現しなかった。本当に言葉にならないです。残念でなりません」
天国でも野球三昧の日々を送っているに違いない。合掌。