数年前、東京・八王子にある高尾山へ山歩きにいった帰り、立ち寄った麓にある健康ランドの「大広間歌謡ショー」出演告知に「千昌夫」の名前を見つけ、驚いたことがある。
歌謡ショーは昼の部(午後1時~)と夜の部(午後6時~)の2 回。前売り券が1200円で、当日券が1500円。ポスターにマジックで手書きされた「残りあとわずか お早目に」との文字に、なんとも言えない悲哀を感じたものだ。
当時「歌う不動産王」と呼ばれた千と、前妻のジェーン・シェパードさんとが双方の弁護士立ち会いのもと、東京家庭裁判所での離婚が成立したのは、1988年7月15日だった。
東京・広尾の自宅前で会見を開いたシェパードさんは集まった報道陣に対し、自筆メッセージを配布。ただ、和解条件を口外しないことが離婚条件だったため、具体的なことは一切語られなかった。
ならば直接、千に話を聞くしかない。そこで後日、私は静岡県三島市内のホテルで開かれる「独身初」となるディナーショーを訪ねることにした。ちなみに、この日のチケット代は、おひとりさま2万5000円。下世話な話、2万5000円×席数500だと、単純計算で日建て1250万円だが、当時、千と交流のあった不動産関係者曰く、
「千さんは世界各地にマンションやビルなどを所有していて、一時はホノルルの殆どのホテルが彼の持ち物とされていた時期もあります。しかし、千さんが持っている資産1000億円のうち、800億円が負債。しかも、それには利息が付いている。まさに焼け石に水の状態なんです」
午後9時過ぎ──。大きな喝采と笑いの渦の中、ディナーショーが終わった。千には事前にマネージャーを通じ、ディナーショー終わりにインタビューを依頼していたが、戻ってきた答えは、毎度おなじみの「ノーコメント」。
それでは車に乗り込むところで、ひと言もらうしかない。1カ月ほど前、新宿コマ劇場の楽屋口で直撃した際、目を吊り上げながら「俺はマスコミのオモチャじゃないんだよ!男は余計なことはしゃべらない!」とドスの利いた声で語った、あの形相が脳裏に蘇る。はたして、今回はどんな言葉が飛び出すのか。
ところが待てど暮らせど、楽屋口に千が姿を表す気配はない。重苦しい空気が流れる中、駐車場から戻ってきたカメラマンが叫んだ。「やられました、機材車に隠れて出たらしいです!」。いやはや、静岡まで来て、またも空振りに終わるとは…。
千に関しては、そんな苦い思い出が残っている。ただ、数年前、ある番組で彼の姿を見た。その表情からは、ロールスロイスの後部座席にドカッと腰を下ろし「俺は金髪の女にモテるんだ」と豪語、「歌う不動産王」として連日ワイドショーを賑わせた、あの頃の毒気はすっかり抜けていた。
健康ランドでは、彼の歌声を聴くことはできなかったが、まさに天国と地獄、両方を経験した「千昌夫」の歌を、一度じっくり聴いてみたいものだ。
山川敦司(やまかわ・あつし):1962年生まれ。テレビ制作会社を経て「女性自身」記者に。その後「週刊女性」「女性セブン」記者を経てフリーランスに。芸能、事件、皇室等、これまで8000以上の記者会見を取材した。「東方神起の涙」「ユノの流儀」(共にイースト・プレス)「幸せのきずな」(リーブル出版)ほか、著書多数。