「このジムは16年10月にユタカさんのプロデュースで設立しました。既存のジムと異なるのは、コンディショニングに理学療法技術を用いること。一般的な順序とは逆で、まず『インディバ』という高周波温熱機器などを使用して入念に体をほぐしたあと、トレーニングをするんです。トレーニングといっても『筋トレ』ではなく、可動域を広げたり、体幹を鍛えるメニューがほとんど。筋肉量を増やすのではなく質を上げる。騎手にとっては細くて柔らかい、しかも、しなやかな筋肉をつけることが重要なんです」
同ジムには池添謙一騎手(42)や松山弘平騎手(32)のほか、昨年5月の落馬で長期休養していた北村友一騎手(35)など、数多くの騎手が通っているという。
「彼らと比べてもユタカさんの柔軟性は遜色ありません。クリストフ・スミヨン騎手(41)やライアン・ムーア騎手(38)の体も見たことがありますが、ライアンとユタカさんの柔らかさは共通していますね。柔軟性で言えば、これまで関わってきたジョッキーの平均値よりも上です。あと、体脂肪率や骨量を調べても、体内年齢は30代後半から40歳前後ですね」
さらに武豊騎手が優れているのは「体の状態にセンシティブなこと」だと、長谷川氏が続ける。
「背中は感覚が鈍いところなのですが、背中の骨のどの部分がおかしい、と具体的に伝えてくれますし、関節の動きが悪い時もそう。昔と今でトレーニングメニューに大きな変更はありませんが、左肩が痛むと言われれば、いつもとは違う器具を使うことも。健康診断の結果も全て報告があるので、専門のドクターに相談することもあります」
18年の平昌冬季五輪で金メダルを獲得した女子スピードスケートの小平奈緒選手(36)が「一本下駄」を使って体幹を鍛えていると知るや、すぐさまトレーニングに取り入れる。そうした好奇心旺盛な部分も若い肉体を維持する秘訣なのかもしれない。
では、食事面ではどうなのか。
「ジムに来られるのは仕事のスケジュールが入っている日以外は毎日。やはり、月曜日とか火曜日が多いですね。ユタカさんは体のケアをきちんとされていますから、食事にしてもお酒にしても、特に制限はされていませんよ」
毎週欠かさずトレーニングをすることで、食事等のストレスを抱えないこともトップジョッキーであり続けるためには重要なのだ。
体のケアについてはJRAのホームページ内「騎手に迫る」のインタビューで「正直、若い頃はあまりしていませんでした」と話している武豊騎手。本誌連載でおなじみの細江純子氏も次のように話す。
「先日もユタカさんと『昔の自分が今のようなトレーニング方法を取り入れていたら、体の使い方も違ったのに』という話をしたばかり。昔は運動するといっても競馬学校の周りを走るか、背筋を鍛えたりする程度。それが今の競馬学校では、バランスボールに乗ってモンキースタイルを覚えるだけでなく、綱によるトレーニングで体幹を養い、バク転の練習もしています。とても理にかなっていて科学的なんですよ」
武豊騎手がデビューして今年で36年目。これまで積み重ねた勝ち鞍は4350(5月29日時点)だ。目標とする通算5000勝も、長谷川氏との二人三脚なら、夢ではないかもしれない。