競走馬の馬主が得た莫大な賞金を、離婚した元妻がゴッソリ持ち逃げ──。個人的な紛争かと思われる返還請求訴訟の過程で、とんでもない事実が暴露された。桜花賞を制した超人気馬の馬主に禁断の「プロフィール」が存在したのだ。資格審査をかいくぐる「名義偽装」という競馬界の暗部に迫る。
00年のGI・桜花賞馬であり、その後のオークス(GI)でも2着に入ったチアズグレイス、共同通信杯や毎日杯(ともにGIII)を制したチアズシュタルク、そして京都牝馬ステークス(GIII)を勝ったチアズメッセージ──。
8つの重賞レースを勝ち取った「馬主」が、その財産を巡って骨肉の争いとなっている。発端は今から約4年半前に遡る。
「09年8月8日は私にとって忘れたくてもとうてい忘れられない日になった。私一人を残して、自宅から妻と子供3人が忽然と消えたんです。最初は誘拐にでもあったのかと思い、警察にも捜索願を出したんですが見当違いでした。金に目がくらんで預貯金を全て持って行方をくらましたんです」
興奮冷めやらぬ様子でこう語るのは、兵庫県在住の岡本秀雄氏(80)である。個人で「所有」した競走馬は244頭。獲得賞金と競走馬の売買で得た収入は40億円以上あったとされ、少なく見積もっても、金銭の管理をしていた妻は約14億円の預金を持って消えたというからただごとではない。
岡本氏は程なく、被告人たる妻の居所が不明のまま、財産返還の民事訴訟を起こした。裁判では、岡本氏が「馬主」としての賞金を得た過程が明らかにされたが、同時に「結婚17年目の81年11月に協議離婚した」ことが語られた。そして、実はこれが戸籍上で別姓となる「偽装離婚」だったということも──。
岡本氏は専業主婦の妻を「表向きの馬主」としてJRAに申請、登録させた。一方で、夫婦関係は内縁という形で継続させていた。
なぜそんなことをする必要があったのか。理由は岡本氏の「過去」にある。現在はカタギになっているが、かつて、「大阪戦争」で山口組と抗争事件を起こした松田組の大幹部だったからだ。岡本氏は地方競馬で競走馬を所有していたが、博徒という過去があることからJRAの馬主免許登録審査は通らず、自己名義で馬を持つことができない。JRAが定めた個人馬主登録審査の「馬主として適格でない基準」の項目には、次のように記されている。
〈【1】暴力団員【2】暴力団員と親交があると認められる者、又は過去に親交があったと認められ競馬の公正を害するおそれがあると認められる者〉
ベテランのトラックマンが言う。
「父親や祖父がヤクザでも馬主にはなれないとされ、刑事事件で実刑判決が下れば資格を剥奪されます」
さる競馬サークル関係者は当時を回想する。
「チアズと冠した馬の実際の馬主が岡本さんだというのは、競馬界では公然の秘密だった。トラックマンですら知っていることだったから、JRAもうすうす認識していたのでは‥‥」