「青天の霹靂」とは、まさにこういう時のために使うたとえなのだろう。
おそらく世間にそう思わせたのが、女優・吉川十和子とファッションデザイナー・君島一郎氏の御曹司・明氏との、婚約に始まるドタバタ劇だったのではないだろうか。
吉川は元JALのキャンペーンガールで、その後、雑誌「JJ」のモデルを務め、「フェラガモ」コレクションでも知られるお嬢様女優。
一方の明氏は、医師から転身。女性誌などでは「日本のアルマーニ」と称される、一郎氏の会社「君島インターナショナル」の副社長だった。
そんな2人が東京・紀尾井町のホテルニューオータニで婚約発表会見を行ったのは、95年12月6日だった。
ところがその2日後、なんと明氏に隠し子がいることが発覚。明氏は吉川と婚約する少し前まで同棲していた女性がおり、女性との間に2歳になる男の子がいたのである。
再び並んで会見を開いた2人は、
「子供のことは、隠したつもりはありません。ただ、子供の人権もあり、彼がこれから『隠し子』というレッテルを背負っていくのは父親として辛いので、世の中には言いたくなかった。その点はご理解いただきたい」(明氏)
「男の子のことは、私の心の中にしまっておこうと決めていました。自分の中でわだかまりや、越えられないものがあったら、決婚には踏み切れなかったと思います」(十和子)
元同棲相手とはすでに和解済みだとして、
「この事実を受け止め、2人で一緒に乗り越えていきたい」
と心情を吐露した。
だが、この騒動、そうスンナリとは収まらなかった。というのも、明氏の父・一郎氏が吉川の所属事務所社長に対し、
「もし破談になったら、吉川さんには『明に捨てられた女』というレッテルが一生ついて回る。キズモノになってもいいのか」
などと、なんとも高圧的な電話をかけてきたというのだ。
これに激怒した所属事務所社長も会見を開き、
「君島家は、見た目はブランドで装っているが、内実は虚飾で塗り固められた人たちです」
とブチ上げた。
さらに、婚約会見で吉川がはめていた3.05カラットのダイヤの指輪について、明氏が「母がつけていた君島家愛蔵の指輪」と説明したことで、一郎氏の正妻の息子A氏がワイドショーに登場して反論。結果、明氏が婚外子だったことも発覚し、連日、ワイドショーをヒートアップさせる大騒動に発展していくのである。
しかし、運命の赤い糸は切れなかった。2人の決意は揺るがず、12月11日に入籍。翌年1月30日に、吉川は芸能界を引退した。芸能記者の100人中100人が「破局は間違いない」と断言する中、それはまさに「青天の霹靂」だったのである。
(山川敦司)
1962年生まれ。テレビ制作会社を経て「女性自身」記者に。その後「週刊女性」「女性セブン」記者を経てフリーランスに。芸能、事件、皇室等、これまで8000以上の記者会見を取材した。「東方神起の涙」「ユノの流儀」(共にイースト・プレス)「幸せのきずな」(リーブル出版)ほか、著書多数。