──インターネットによって情報の量は飛躍的に増えました。情報や知識が増えて、異なる文化や異なる価値観に触れると人はどんどん寛容になるかと思ったら、事態は逆です。どんどん排外主義になってきていますね。ヘイトスピーチなどはその典型でしょう。
伊集院 ヘイトスピーチでも雑誌の嫌中嫌韓記事でもそうだけど、一度「出ていけ、朝鮮人!」と言うと、気持ちいいんだよ。妙な民族意識が芽生えている。だからその次は「殺してしまえ、朝鮮人!」とエスカレートして、もっと気持ちよくなる。そういうものをみんなが持つようになっている。言葉は恐ろしいものだ。子供たちに「汚い言葉を使うな」という理由はそこなんだよ。「バカ野郎」を覚えたら、その次は「クソバカ野郎」を覚える。人間にはそういう本性がある。
──先ほど、人間には、許せない自分を許せないという気持ちがあるとおっしゃいました。不寛容である自分が嫌だという自分がある。だったら「朝鮮人は出ていけ」という自分は醜いという気持ちもあるのでは。
伊集院 そう。じゃあなぜそう言わないのか。隣に他人がいるからですよ。フェイスブックとかはそういうものの強い力なんだ。1人では言えないのに、2人、3人、5人と集まったら、それが力だと誤解する。もっと大きなことで言うと、それが民意だと思い込む。
──「みんなが言っている」と。
伊集院 そう。そこがおそろしいことだ。つながっているという幻の怖さなんだよ。
──LINEやフェイスブックやツイッターでつながっていると思い込んでいるだけなのに。
伊集院 現実にはつながってやしないのに。でも戦前はもっと顕著だったでしょう? 国民は「これだけ世界各国からいじめられているんだから、もう国際連盟から脱退しよう」と言う。国際連盟を脱退した松岡洋右は、帰国したとき英雄として迎えられた。そのとき、「こんなに厳しい状況では戦わないわけにはいかない。だって日本は負けたことがないんだから」と軍人たちが、うまいものを食いながら言った。「神国ニッポン、われわれが負けるものか」ってね。だけど戦争へ一気に突入できたのは、国民の8割方が支持したからだよ。よく「軍人と政治家が戦争した」というけど、それは違う。最後に支持したのは日本人自身だった。
──一般民衆が戦争したんですね。
伊集院 じゃあ、一般民衆というのは国民全員ですか? 違う。一般民衆というのは「大半」のことなんだ。戦争に反対して牢獄に入れられた人もいるけれども、それよりも大事なのは、支持したのは5割、6割であっても、全員が支持したことになるということ。それは民主主義の基本でもある。もっと狡智な政治家は「賛成は4割でいい」って言うんだ。残りの6割のうち、1割が反対で、5割はどっちにでもつく。どっちにでもつく人間の半分プラスアルファを足したら約7割だろう? それはもう全体だ、という話になる。
──4割が全員になってしまう。多数決のマジックですね。
伊集院 だから民主主義というのは少数意見を大事にしなきゃいけないんだけど、そんなことは今、学校でも教えない。今、政治家たちが言うのは数字の上で勝ったか負けたかだけだから。じゃあ、何が悪いかというと、きちんとした意見を述べられる大人がいないからだよね。
◆プロフィール 伊集院静(いじゅういん・しずか) 50年山口県生まれ。72年立教大学卒。81年短編小説「皐月」でデビュー。92年「受け月」で直木賞、94年「機関車先生」で柴田錬三郎賞、02年「ごろごろ」で吉川英治文学賞を受賞。「いねむり先生」「ノボさん」など著書多数。