日本人選手で単独最多となるシーズン56塁打に王手をかけている、ヤクルト・村上宗隆。さすがの「村神様」選手も、新記録の壁の前で足踏みしているが、実はランディ・バースと王貞治にそれぞれ並ぶ54号、55号の連発は、闘病中の子供たちに「約束していた本塁打」だった。
9月13日の巨人戦(神宮球場)、9回裏二死1、2塁で迎えた打席。4回に菅野から54号ソロを放っていた村上には、ここで55号を決めねばならない理由があった。この日は小児ガンで闘病中の子供と家族50人が招かれた、特別な試合。
新型コロナ感染対策のため、観戦に来た子供たちや始球式を務めた子供たちとの直接の交流は叶わなかったが、ヤクルト球団広報によれば、
「試合を協賛したNPO法人キャンサーネットジャパンの理事をフリーアナウンサーの中井美穂さんが務めているご縁で、中井さんの夫・古田敦也さんとかつて日本一のバッテリーを組んだ高津臣吾監督、そして選手会が『試合を見に来てくれた子供たちはもちろん、入院中で球場に来られない子供たちをどうすれば励ますことができるか』と相談しました。その結果、ヤクルトの全選手が小児ガン患者を応援するゴールドリボンを模した黄金のリストバンドをつけよう、ということになりました」
病院の消灯時間が過ぎても、子供たちがテレビの前で村上を見守っていることはわかっていた。運命の第5打席に入る前、村上は左腕のリストバンドを一瞥。渾身のひと振りは、全国のガン闘病患者に贈るアーチとなった。
共同インタビューを終えた村上は、秋風が吹く中、村上を近くで見ようと試合終了後も残っていた子供たちのいる車いす専用席に向かって、深々と一礼した。
試合を協賛した、NPO法人キャンサーネットジャパンの古賀真美常務理事が言う。
「野球史に残る試合の日に、小児ガン啓発の冠試合ができて、子供たちもご家族も喜んでくださいました」
再び球団広報の談。
「村上選手の55号は、ひとつのきっかけ。高津監督と選手たちはシーズンオフに、全国の子供たちを励ます企画を考えているところです」
メジャーリーガーが闘病中の子供を勇気づけるエピソードは見聞きするが、日本人選手では初と言っていい、闘病中の子供たちに贈るメモリアルアーチ。リーグ終了まで村上の本塁打記録がどこまで伸びるかはわからないが、全てのガン闘病中の患者を励まし続けることだろう。
(那須優子/医療ジャーナリスト)