読売新聞の小学生向け「読売KODOMO新聞」が、ポケモングッズをもらえる「新入学・進級キャンペーン」を展開中だ。ピカチュウと一緒の女の子がメタバースに興味を持ち、「行ってみたいなぁ」と父親に話す テレビCMも放映中だが、そこである疑問が浮上する。メタバースって「行くところ」なのか。
そもそもメタバースとは、インターネット上の3次元バーチャル仮想空間と、その仮想空間を利用したサービスを指す。自宅や勤務先などにいながら、3次元グラフィックスの仮想空間にアクセスし、自分の身代わりとなるアバターが仮想空間を歩き回ってネットショッピングをしたり、医療サービスなどを受けることができる。
高齢者が運転する車が病院に突っ込んでは死傷者を出すという悲劇が相次ぐが、将来的には高齢者は車の運転などせずとも、自宅にいながら買い物や医師の診察や健康相談を受けられるようにもなる。超高齢化社会を迎えた日本において、整備が急務のインフラだ。
そこで冒頭のCMの疑問に立ち返る。ネット環境があればどこからでも仮想空間にアクセスできるメタバースは「見るものか? 行くところか?」。
実際に足を運ばずとも、ゴーグルやヘッドセットなどの周辺機器をつけて「仮想体験」をできることが最大の魅力のメタバースは、実際に「行くところ」でなく、脳を「行ったつもり」「体験したつもり」に錯覚させるインフラだろう。
「メタバースに行く」という変な日本語を使うあたり、新聞社のおエライさんたちは「VR」や「メタバース」をあまり理解していないのでは、とも思う。読売新聞とメタバースには、ちょっとした「黒歴史」があるからだ。
昨年11月21日、読売新聞が運営するニュースサイト「読売新聞オンライン」で公開されたネット記事「仮想空間『メタバース』で性ハラ横行…臨場感あり『とにかく気持ち悪い』」。これが一部のハラスメントを誇張し、取材対象者の意向に沿わない内容だったなどとして、取材対象者やネットユーザーからの抗議を受け、削除された。
ただ、読売新聞の指摘は間違いではない。実際に中高年男性が美少女のアバターに扮し、10代女性という架空のプロフィールでメタバースに参加すると、ものの30分で「中身はオッサン」の幼児体型やスレンダー体型の美少女を、別のオッサン達が取り囲む。まさしくオッサンの入れ食い状態で、英国のインディペンデント誌やクーリエジャポン誌では、仮想空間内で「仮想集団凌辱」に遭ったという被害者の告発が取り上げられた。仮想空間とはいえ、被害者が精神的ダメージを負うことに違いはない。
メンドクサイから自分も含め、女性ユーザーはメタバース内ではマッチョな男性アバターを使う。かくして仮想空間内ではリアル社会とは男女逆転、美少女に扮したオッサン達がギャル言葉を駆使して美少女を演じ続け、オッサン同士が破廉恥プレイに興じるシュールな光景が展開されたりもする。もちろんこれは仮想空間に限ったことでなく「テレクラ」や「マッチングサイト」、SNSでも見られる「なりすましあるある」「美人局あるある」だ。
昨秋の炎上・削除騒動があったから読売新聞がメタバースに迎合したかは定かでないが、小学生向けの新聞であればなおさら、子供達にメタバースへの興味を煽るだけではあまりに無責任。子供達を狙うSNSやメタバース内の「性犯罪者予備軍」から身を守る方法も同時に情報提供することが「読売KODOMO新聞」の使命ではなかろうか。
(那須優子/医療ジャーナリスト)