WBCの決勝戦は漫画みたいな終わり方やった。
僕もテレビの前で手に汗握って観戦した。9回2アウトで一発出れば同点の場面。日本とアメリカのスーパースター同士、エンゼルスで同僚の大谷とトラウトの対決が実現した。大谷がスライダーで三振に斬り、帽子とグラブを投げ捨てて全身で雄叫びを上げた。運も実力のうちと言うけど、最高のエンディングを呼び込む運を持っていた。
打って、投げての二刀流は知ってのとおりやけど、走るのもすごい。決勝戦の7回1死では、二塁ベースの左を守った大谷シフトの遊撃手へのゴロを内野安打にした。アメリカからリプレー検証のリクエストがあったが、間一髪のセーフ。あの足には驚かされた。走攻守すべてが超一流。加えて、野球が大好きというのが自然とみんなに伝わる野球小僧。こんな選手はもう二度と出てこないのとちゃうかな。
アメリカの打者はとてつもなく高い給料をもらっているだけのことはあった。少しでも甘くなれば全員がスタンドに放り込む力があった。その打線を2点に封じた投手陣は大したもの。8、9回に投げたダルビッシュ、大谷のメジャーコンビだけでなく、日本球界のレベルの高さを世界に示すことができた。メキシコとの準決勝で投げた佐々木朗希、山本由伸の名前は聞いたことがあっても、決勝戦の先発の今永から戸郷、高橋宏、伊藤、大勢と7回までつないだ投手らはノーマークに等しかったはず。ところがみんな球が速く、変化球の精度も素晴らしい。メジャーリーグのスカウト陣は色めき立ったと思う。
大谷のMVPは文句なし。でも、吉田正尚も同じぐらい優勝の立役者やった。準決勝の7回2死一、二塁からの同点3ランはほんまにしびれた。カウント2─2から内角低めのチェンジアップは甘いコースではなかった。ファウルにならず、右翼ポール際に運んだのはバットが遠回していないから。技術と精神力の強さがないととても打てないホームラン。あの一振りがなかったら間違いなく負けていた。いちばん救われたのは村上。逆転サヨナラ打でヒーローになったが、それまではチャンスで凡退を繰り返す散々の内容やった。日本に戻ってきてのプレーに影響が出かねないほどドツボにハマっていた。
村上の不振の理由はタイミングの取り方の悪さ。自分ではドッシリと構えているつもりでも、投手のフォームに合わせてスーッと動かしながらタイミングを合わせないと、力んでバットが出てこなくなる。好調の岡本は村上と正反対に、スーッと動くタイミングの取り方ができていた。村上も準決勝の一打で肩の力が抜け、決勝戦は三冠王の村神様に戻っていた。2回の同点ソロは好調時のスイングやった。大谷が持っているように、村上もまたスーパースターとして何かを持っている。
今回のWBCは普段は野球に興味を持っていない人まで巻き込んでの社会現象となった。これまでずっと野球に携わってきた僕でさえ、改めて「野球って、やっぱり面白いな」と実感した。最近サッカーなど他のスポーツに押されて、野球をやる子供が減ってきている中で、大きな意味があったと思う。かつて大谷がイチローやダルビッシュに憧れて今回のWBCに出場したように、将来のスーパースターがテレビの前で観戦していたことを期待したい。
福本豊(ふくもと・ゆたか):1968年に阪急に入団し、通算2543安打、1065盗塁。引退後はオリックスと阪神で打撃コーチ、2軍監督などを歴任。2002年、野球殿堂入り。現在はサンテレビ、ABCラジオ、スポーツ報知で解説。