シュナイダー氏が続ける。
「日本人カメラマン、通訳、編集者、現地コーディネーター、と大きな取材チームでしたが、村上氏には束縛がないようで日々、自分が興味のある取材場所に気の向くままに動いていました。私はそれについていくという感じです。ベルリンではドイツのB級映画を自分で探してきたので、一緒に鑑賞して、私が映画の内容を英語で説明した記憶があります」
ハンブルクでは、かつてビートルズが活動拠点にしていた歓楽街「レパバーン」や、娼婦たちが並ぶ「飾り窓」などの取材にも同行した村上氏。その様子は「特別参加」した記事中に寄せた紀行文からも読み取れる。
〈秋のドイツを「BRUTUS」のスタッフとついたり離れたりしながら、約一ヵ月間歩きまわった〉
〈朝起きて近所を走り、ビールをたらふく飲み、散歩をし、日が暮れると映画かオペラか酒場に生き、土地の美味を食し、ぐっすり眠る。この繰り返しである〉
そんなある日、村上氏はハンブルクの郊外にある廃駅を利用したクラブを取材することになった。現地のコーディネーターがアレンジしたもので当初はカメラマンだけが出向くという話だったが、村上氏が耳にしてこう言いだした。
「同行したい」
当然、シュナイダー氏も同行することとなった。
しかし、現地へ行ってみると運悪くリニューアル中で休業。店内だけ見学させてもらい帰ろうとしたところ、わざわざ日本から訪ねてきた取材班に悪いと思ったのか、クラブのオーナーであるドイツ人夫妻が、「自宅に寄っていかないか」と声をかけてきた。せっかくのお誘いということで、村上氏、現地の通訳、日本人カメラマン、そしてシュナイダー氏の4名が自宅に寄ることになったのである。
ビールで乾杯し、当初はクラブ経営のことなどが話題に上っていたが、やがてオーナー夫妻も日本のことを尋ねるなど雰囲気が和んでいく。そこでおもむろに、オーナーがこう切り出してきた。
「よかったら一服やらないか?」
この「一服」はタバコでなく、マリファナのことである。当時、ドイツでは違法だが、クラブ経営者などの「業界人」が自宅でマリファナやハッシシ(大麻を固めた合成樹脂)をプライベートに楽しむのは日常茶飯事だったという。
「ある程度の信用があれば、ゲストに吸うことを勧めるのは特別なことではありません。ただ、オーナーの言葉を聞いて私が気にしたのは村上氏の反応でした」(シュナイダー氏)
彼はVIPの扱いを受ける村上氏が大麻を嫌っていれば、それを尊重してすぐにこの場を立ち去らなくてはいけない、と考えたのである。しかし、通訳がオーナー夫妻の申し出を伝えて、
「大麻は大丈夫でしょうか?」
と尋ねたところ、村上氏は事もなげにこう答えた。
「ええ、大麻なら、僕は好きですよ」
かくして車の運転があるシュナイダー氏を除く“全員”が大麻を吸引することになり、冒頭の「大麻パーティ」が始まることになったというわけだ。
酔った人々の中で、ただ一人、時間を持て余したシュナイダー氏は、理由もなくゲラゲラと笑い合ったり、ハイになる人々の「宴」を前に、何気なくシャッターを切った。