日本社会に広がるヤクザの知られざるネットワーク。芸能界でいえば、古く山口組三代目の田岡一雄組長時代に設立された神戸芸能社が有名だが、実はこれは二代目山口組内にあった芸能部を発展させたものだという。神戸芸能社はその後、長男の田岡満に引き継がれ、ジャパントレードとして、衣替えされている。
本の取材の中で私は、04年5月に開かれた田岡満の還暦祝いの模様を録画したビデオを入手した。そこには、テレビや映画で馴染みの深い錚々たる著名人が映し出されていた。
総合司会は徳光和夫(71)。歌手でいえば、八代亜紀(62)や細川たかし(62)、俳優なら小林旭(74)や林与一(71)や、そのほかアントニオ猪木(70)や平尾昌晃(74)、故・安岡力也、内田裕也(73)‥‥。珍しい杉良太郎(68)と伍代夏子(51)夫妻のツーショットもある。
そんな派手な還暦祝いのパーティに張り付いていたのが、大阪府警の暴力団担当刑事、祝井十吾たちだ。むろん田岡満自身はヤクザではないが、その還暦祝いに対する捜査にはむろん理由がある。祝井がビデオを一緒に見ながら語った。
「田岡満は堅気ですから、本来ならわれわれの監視対象ではあらへん。けど、ここには山口組直参や舎弟など、現役バリバリのヤクザやフロント(企業の)連中がけっこう来ていました。どんなネットワークで奴らが集っているのか。それらを調べるんは、重要なんですわ」
大阪府警捜査4課で長い捜査キャリアを積んできた祝井は、こうした内偵捜査をことのほか重視する。
事件に直結する捜査ではない。が、それは広いヤクザの人脈やネットワークを把握するために欠かせない。その膨大な情報データの蓄積が、いざ事件が起きた時、あるいはターゲットを定めて捜査を開始した時に役立つのだという。
ヤクザは、同じ興行の世界であるボクシングなどの格闘技やスポーツ選手、ジム経営者などとの接点も多い。ただし芸能・スポーツ界の場合、大物組長たちが単なるタニマチというケースも少なくない。
従って祝井たちが捜査する対象は、芸能人との関係ばかりではない。むしろヤクザの経済活動という点で大きいのは、企業や政治、行政面とのかかわりだ。
株や不動産、開発案件におけるヤクザとのかかわりについて、祝井たちは懸命の捜査を続けてきた。
一昨年10月、全国に暴力団排除条例が行きわたり、さらに昨年8月に国会で成立した改正暴対法による警察の取り締まり強化が進んでいる。
反面、法や条例の不備や警察の捜査能力低下が指摘されている。
そんな昨今、捜査のスペシャリストたちが担う任務は、ますます重く大きくなっている。取材を通じ、昔堅気のベテランマル暴刑事たちは不可欠だと痛切に感じた。
「大阪府警暴力団担当刑事『祝井十吾』の事件簿」は、そうした凄腕のマル暴刑事たちが追いかけてきた、知られざる捜査の内幕ドキュメントである。