吹上氏の代理人である松丸正弁護士が言う。
「この裁判で画期的だったのは、とんでもない労働制度を作り、放置した社長や専務ら役員4人の個人責任を認め、賠償金7860万円の半分を負担させたことです。雇用する側も場合によっては個人に責任が及ぶとした最高裁の判断は画期的です」
だが、当初、会社側は心不全を起こしたのは「自己管理が悪かったから」と譲らなかったという。再び了さんが語る。
「息子が飲み歩いていたのではないか、などとアラを探し回ったみたいですが、飲み歩く余裕なんてありませんよ。深夜に帰宅し、朝も8時には通勤する途中の駅の駐輪場に入る。そのことは出入時間が刻まれた駐輪場の領収証を持っていたので証明できた。それに息子は、毎日の仕事を事細かに記録していたのもこちらに有利になった」
4カ月間の時間外労働は月平均112時間だった。
「月80時間が過労死が認められるラインです。吹上さんの場合、時間外労働を証明する領収書や仕事を記録したノートがあったこともこちらに有利になった。初任給に時間外労働80時間を組み込んでいたのに、就活情報に記載していなかった。これは虚偽とまでは言えないが、虚偽に近い説明不足です」(松丸弁護士)
元康さんの死について、あらためて大庄側に取材を試みたが、広報担当者は「ホームページにあるとおりです」と言うのみだ。
ちなみに紹介すると、
〈当社といたしましては、あらためて、亡くなられた元従業員の方の御冥福をお祈りするとともに、ご遺族にお悔みを申し上げます〉
平社長は最高裁で敗訴が決まるや、一転、弁護士を通じて謝罪したいと申し出たが、了さんら遺族に拒否された。
「実は高裁の判決のあとに先方は和解に応じるようなことを伝えてきて、先方の代理人と協議する日取りまで決めたのにドタキャンして上告したんです。謝罪したいと言われても、私には社長が株主総会を控えて株主報告書に遺族に直接謝罪したことを記載するための行為にしか思えなくて、謝罪を受ける気にならなかったんです」(了さん)
ジャーナリストの大谷昭宏氏が言う。
「『すき家』〈(株)ゼンショー〉など、劣悪な環境の外食産業に人が集まらず、現場は困っているようですが、『大庄』に見られるようなひどいことが起こっているのを考えると、それも当然で、ざまを見ろ、ですよ。それにしても、労働基準監督署はいったい何をやっているのか。今は若干景気がよくなったから、いい条件を求めて働く人は移動するが、若い人や女性の労働力をきちんと評価する社会にしていかなければ、経済が悪化すると、またぞろこういう会社が出てきます」
その意味で「ブラック企業大賞」があると前置きして、昨年の同賞の選考担当者の一人である「首都圏ユニオン青年非正規労働センター」事務局長の河添誠氏がこう話す。
「我々がブラック企業大賞だと騒ぐとメディアが取材に行く。そのつど、企業は『うちはブラックじゃない』と弁明するが、何の実績もなくて否定はできない。それで、『すき家』のように第三者委員会に報告書を作らせなければならなくなる。『すき家』が深夜の1人勤務廃止を打ち出したのも、ブラック企業大賞ノミネートの影響だと思いますよ」
「ブラック企業」は徹底的に追及しなければ、その「腐った性根」は治りそうにないのだ。