テリー 内弟子生活は厳しそうだよなあ。だって同じ大学を卒業して、周りは電通だとか博報堂だとかに就職して、ある程度収入もいいよね。そこに対する焦りとかはどうだったの?
たい平 ものすごくありましたね。1年間は行儀見習いといって、自分は何者でもないわけです。本名で「田鹿(たじか)君」って呼ばれて、朝から晩まで掃除洗濯でしたから。
テリー 若い時の6年半、性欲のほうはどうしていたの?
たい平 ある日突然できた、抜け道があって(笑)。弟子の部屋って、格子がはまっていたんですよ。それはたぶん、泥棒よけじゃなくて、弟子が外に出ていかないように。
テリー 脱走よけだ(笑)。
たい平 そうなんです。でも、寝る時に足元に小さい掃き出し口みたいなのがあって、そこを寝ながらいつも蹴飛ばしていたら、ある日、スポーンって抜けたんですよ、釘が緩んで。その時に「いいんだよ、遊びに出て」っていう声が聞こえましたね。
テリー 神の声が(笑)。
たい平 それで格子を外して、時々外に遊びに行ってました。お店はちょっと遠いんで、「海老名」って名前の書いてある自転車をお借りして、だから時々いろんな(笑)、お店の前に「海老名」っていう名前の自転車が止まっていたんです。
テリー お金はどうしたの?
たい平 前座になると、1日8時間働いて500円。それに寄席以外の仕事に行くと1万円ぐらいもらえたんです。先輩が全部ごちそうしてくれますし、住み込みで一切お金を使わないので、そういうお金がたまっていくんです。
テリー 月に2回ぐらい夜遊びに行けるね。
たい平 でも、それはほんとに命がけですから。もし見つかったら破門なので。
テリー あ、破門になっちゃうんだ。
たい平 まあ、当時はいろんなことを考えましたよねぇ。今の三平君、その時はいっ平君という名前ですが、彼が等身大のピンクパンサーの縫いぐるみを持っていたので、それを借りて、僕の布団の中にピンクパンサーを寝かせるんです。さらに、引き戸を閉めたところにマッチ箱を置いておくんです。マッチ箱が動いていれば、誰かが俺の部屋をのぞいたんだなと。そういう忍者みたいなことをしていましたね(笑)。でも、ある時に見つかってしまって。
テリー どうして?
たい平 おかみさんが夜中に薬を飲みたくて「田鹿、田鹿」と呼んで、普通だったら夜中でもすぐ起きてくるのに、全然起きてこない。私の部屋をガラガラと開けて「田鹿!」って布団をはいだら、そこにはピンクパンサー! みたいな。
テリー ハハハハ(笑)。縫いぐるみがでーんと。
たい平 次の朝、家族と一緒に何気ない顔でカレーライスを食べたあと、呼び出されましたね。でも、その日はクリスマスイブだったんです。サンタさんが、「今日は許してあげる」って言ってくれて、事なきを得たんです(笑)。
テリー 家に住み込む内弟子の経験って、すごく独特だよね。
たい平 その時は逃げ出したいなとか、つらいなとか思いましたけど、住み込みだからこそ学べたことがたくさんありましたね。今の落語家さんは、師匠のうちにも行かないような前座さんもいるんです。
テリー それはあまりよくないことなの?
たい平 落語の香りっていうのは、毎日の中でついてくるものだと思うんですけど、今の若い人にはそういう感覚があんまりないので、残念というか、もったいないな、とは思いますね。もっと師匠と濃密につきあえばいいのにと。
テリー 具体的には、内弟子になることで、どんなことが学べるんですか。
たい平 要するに「変な兄ちゃん」がずっと家にいるわけじゃないですか。「あの子いやだから出ていってもらいなさい」って言われたら終わりなので「この子がいると楽しいわね」って思ってもらうために、家族を喜ばせないといけない。海老名家っていう家族が、自分にとって最小単位のお客さんであるわけです。
テリー なるほど。
たい平 お客さんが来ると「田鹿」って呼ばれて、「美空ひばりのものまねをしなさい」とか、「この子は桑田佳祐のものまねができるのよ」って言われるので、ものまねをやってお客さんに喜んでもらったりとか、そういうことですごく学びましたね。
テリー これからの師匠の夢は?
たい平 目標を決めちゃうとつまらないと思うんです。今は映画でも何でもやって、いっぱい枝葉を伸ばして、60歳を過ぎてから、この枝はいらねえなと思ったら剪定して、死ぬ間際に「こんなたい平っていう木ができた」って言って、自分で見て楽しみたい。だから行く先はあまり決めたくないというか。
テリー 今はとりあえずどんどんやっていくと。
たい平 そうですね。でも、例えば女子高校生が「林家たい平」を何かで知ってくれた時に、「この人、落語家みたいよ」「え、落語家って何?」というふうに、落語を知って、見に来てくれるというのがいいですね。
テリー 最後は全部落語に戻るってことだね。
たい平 はい。そういう作業ができればいいですね。
◆テリーからひと言
「笑点」だけを落語だと思ってる人たちが映画「もういちど」を観て、それをきっかけにお父さんが子供を連れて寄席に来てくれるようになるといいね。