2人の「本当の関係」は、その行動が如実に物語っていた──。
元関脇・逸ノ城は会見が終わると、同席していた師匠の湊親方(元幕内・湊富士)とは別の出口から部屋を出て行った。5月4日に東京・両国国技館で行われた、逸ノ城の引退報告での出来事である。
先場所(三月場所)は14勝1敗で堂々の十両優勝を果たし、今場所(五月場所)では2場所ぶりの幕内復帰を決めていながら、突然の引退劇。本人はその理由について「歩くのも横になった状態で動くのも、かなり辛い」として腰痛の悪化を挙げ、終始投げやりな口調で語っていた。
だが「本当の理由」は、相撲関係者であれば誰もが知っている。師匠と弟子の関係が、修復不可能になったからだ。
モンゴル勢が幅を利かせる相撲界で、逸ノ城もそのひとりに数えられる。ただ、宮城野親方(元横綱・白鵬)や鶴竜親方(元横綱・鶴竜)らはモンゴルでも都市部出身であるのに対し、逸ノ城は違う。季節によって家族全員で移住する生活を続け、少年時代から400頭以上の家畜の世話を担当。冬はマイナス30度台という環境で、妹と弟を安全に学校に通わせるなど、実に家族思いの男として育った。
そんな逸ノ城が昨年12月、相撲協会のコロナ対策ガイドラインに違反としたとして、23年一月場所の出場停止処分を受けた。これが湊親方との関係が一気に冷え切る、引き金となったのだ。
実はこの時すでに、両者の関係はギリギリの状態に陥っていた。2021年暮れから、逸ノ城は部屋を出て一人暮らしをしていたのだが、酒を飲み過ぎて稽古を無断欠席することが目立ち始める。
「部屋でちゃんこを食べない、あるいは親方との金銭問題があるとの指摘も。湊親方夫人への暴行疑惑も明らかになりました。飲食店で泥酔した逸ノ城を連れ戻そうとする親方夫人を振り払った際、逸ノ城の腕が親方夫人に当たったというものです。湊親方の再三にわたる注意にも逸ノ城は耳を傾けず、関係は悪化の一途をたどりました」(相撲部屋関係者)
一説には、会話の際に弁護士を通す必要性を、逸ノ城が主張したとされる。
まさにダムが決壊するかのように師弟関係は限界を迎え、「放流」となった。優勝後の引退会見という前代未聞の事態になるのは、必然だったのだ。
逸ノ城を相撲界に導いたのは、2018年に協会を退職した元貴乃花親方である。高卒の逸ノ城を貴乃花部屋に「居候」させ、相撲界のイロハを徹底的に叩き込んだ。当時、貴乃花親方は同じモンゴル人の貴ノ岩の入門を決めていたが、逸ノ城についても「大相撲で必ず優勝できるだけの素晴らしいポテンシャルを持っている子」と、入門前の逸ノ城を絶賛している。
だが、外国人力士は1部屋につき1人しか所属できないとあって、湊親方に「しっかり育ててくれ」と預けたのが、ほかならぬ貴乃花親方だったのだ。
相撲界では「師匠と弟子は親子以上の関係」と言われるが、外国人力士は親である師匠を選べない面がある。今回の引退劇は、相撲界のいびつな「親子関係」から生まれた異常事態だったのである。
(小田龍司)