ある意味で、今季のセ・リーグを面白くしてくれているのは、どんな采配をするのかあまり読めない、新井カープではないかと思う。昨季オフ、監督が佐々岡真司から黒田博樹ではなく、新井貴浩へ変わった。いま広島の街では、小さな新井ブームが起きている。
そもそも広島に住んだことのない人が、新井監督の行動や内面を深く理解するのは難しいかもしれない。なぜなら彼は、世界で初めての被爆地・広島で生まれ育った、特異な素性を持つ野球人だからである。
まさかカープに入れるとは。まさか4番を打つとは。まさか阪神に移籍するとは。まさかカープに戻ってくるとは。まさか2000安打を打つとは。まさか史上最年長でMVPを獲るとは。そして、まさか監督になるとは。
広島市民(カープファン)は、この「まさか」のドラマをときに驚き、ときに怒り、そしてときに歓喜し…。その喜怒哀楽を24年間も共有してきた。つまりカープファンにとっては、単に「新井さんが監督になった」というレベルではないのだ。
その間、彼はいつも不死鳥のように蘇り、まるで上等のフィクションドラマを見るように、起承転結の筋書きを描いた。とにかく彼は、逆境に強いのだ。こういう認識は、球団の松田元オーナーの言葉に象徴された。「新井は、ウチにとっての切り札」。
当初、多くのカープファンが「黒田監督」を予想した。しかし球団は、がむしゃらで稀有なムードメーカー(新井)を中心に据え、黒田を球団アドバイザーに任命した。今、この2人体制が有効に機能し始めた。
選手と同じ目線で戦う監督の下で、特に昨季まで崩壊寸前の状態だった中継ぎ投手陣の奮闘が目立つ。関係者の間では、この現象が全投手とコミュニケーションを深める黒田の影響であることを否定する人は少ない。
ご存知だろうか。マツダスタジアムに隣接する屋内練習場の壁面(高さ4メートル×長さ63メートル)に、27枚の新井監督の選手時代の写真パネルが掲出されている。試合を見に来たファンは、丸刈り頭で猛練習する若き日の監督の姿、優勝パレードで黒田と一緒に手を振る姿などを眺めながら、まるで自分がそのドラマの中にいるような錯覚に陥る。
そう、今季のカープ劇場の舞台になるのは「広島の街」であり、その出演者は、そこに住む全ての人たちなのである。もちろんカープ歴代監督の中で、このような演出が試みられた例はない。
賢明な読者なら、もうお分かりだと思う。新井と黒田は2016年から2018年のカープ3連覇の中心にいた。カープはその時の雰囲気を少しずつ取り戻しつつある。
「なぜ新井が監督なのか」。その答えは、意外に早く広島の街(市民)が出してくれるような気がする。これが、小さな希望を託し、筆者が先ごろ「逆境の美学─新井カープ“まさか”の日本一へ!」(南々社)を著した所以である。
(迫勝則)
1946年、広島市生まれ。作家。山口大学経済学部卒。2001年、マツダ(株)退社後、広島国際学院大学現代社会学部長(教授)、同学校法人理事。14年間、広島テレビ、中国放送でコメンテーターを務める。現在も執筆、講演などを続けている。主な著書に「広島にカープはいらないのか」「森下に惚れる」(いずれも南々社)、「前田の美学」「黒田博樹 1球の重み」(いずれも宝島社)、「主砲論」(徳間書店)、「マツダ最強論」(溪水社)など。