開幕から4連敗でスタートした広島カープが今、セ・リーグ首位争いを演じている。振り返ってみると、広島以外に住むプロ野球解説者(専門家)の間では、カープを最下位に据えて順位を予想するのが常識のようになっていた。
ところが世の中は、人々が思い描いたようには進まない。気が付いてみると、シーズン当初にカープを最下位に予想していた多くのプロ野球解説者が、誰とは言わないが、現在のカープの強さを平然と「我がもの顔」で説いている。彼らが首位に予想したヤクルトは、不動の5位に定着してしまった。
確かにシーズン前はカープの上位争いは「まさか」という言葉で、面白おかしく語られていた。しかしその「まさか」が、まさかではなくなりつつある。戦力不足が囁かれていたカープが、説明のつかないドラマチックな勝利を積み重ねているからである。
私がこのことを意識し始めたのは、互角以上に戦ったセ・パ交流戦だった。しかしひとつの流れとして感じ始めたのは、そのあと(7月12日)、右わき腹肉離れで4番・西川龍馬が離脱してからのことだった。フツーに考えると、これはカープの大ピンチである。
ところが西川離脱後の巨人戦における、森下暢仁の魂のこもった今季初完封(2-0)。さらにその翌日、延長11回に放った坂倉将吾の2点決勝打による勝利(6-1)。その後のDeNA戦も、全て1点差で3連勝。まるで1975年のカープ初優勝の時のような勝ち方だった。
この間に見られた新井采配は、菊池涼介、上本崇司を4番に起用するなど、まるで古葉(竹識)采配を彷彿させる奇抜さだった。そもそも菊池や上本は1、2番を打つタイプの打者であり、プロに入ってからはもちろん、学生時代でも4番を打ったことのない打者である。上本に至っては、本人がレギュラーであることの認識すらない。この時、カープは怒涛の10連勝。「まさか」の文字を一気に現実に引き寄せた。
実は奇をてらったように見えるこの種の采配は毎試合のことで、枚挙に暇がない。中でも印象に残っているのは、6月11日のロッテ戦だった。「令和の怪物」佐々木朗希に対し、今季まだ無安打だった羽月隆太郎を先発に起用。羽月が地面に叩きつけるような打ち方でタイムリー2点打を放ったのは、新井采配の象徴だった。試合は5-6で敗れたのに、カープファンは勝ったような雰囲気を味わった。
この種の采配が有効に機能している要因のひとつは、新井貴浩監督と選手一人ひとりの良好な関係性にあると思う。特に指揮官は、失敗した選手のケアが巧みだ。痛打を浴びた投手がベンチに戻ると、優しく声をかける。2軍に降格させる選手の一人ひとりと目を合わせ、その理由(主旨)を説明する。しかも有言実行。毎試合ヒーローが替わるのは、それぞれの選手がこれに呼応した結果だと考えられる。
こうした新井采配を奇抜、意外だと思っているのは、実は、他の人だけで、監督(本人)には確とした狙いがある。いつしかカープファンは、これを「新井マジック」と呼ぶようになった。
ファンは今、勝っても負けても、地元・広島の「申し子」として、ファンからこよなく愛される新井采配(マジック)を、まるで野球漫画をめくるように楽しんでいる。ひょっとしたら、まさかの「まさか」があるのでは…。まだ先は長いが、遠くにうっすらとその道筋が見えている。
(迫勝則)
1946年、広島市生まれ。作家。2001年、マツダ(株)退社後、広島国際学院大学現代社会学部長(教授)、同学校法人理事。14年間、広島テレビ、中国放送でコメンテーターを務める。主な著書に「前田の美学」「黒田博樹 1球の重み」「マツダ最強論」など。23年5月に「逆境の美学 新井カープ“まさか”の日本一へ!」で、今日のカープの姿を予言した。