終盤戦を迎えたセ・リーグのペナントレースは、日々マジックナンバーを減らしていく阪神の独走状態に見える。ドラマの筋書きとしては、このままゴールインというのが一般的であろう。15年ぶりに指揮を執る岡田彰布監督の「アレ」に向かう姿勢は、ナインにも浸透し、終盤戦に入ってもスキを見せない。
ところが、その阪神が連日ドラマチックな勝利を重ねても、背後で一定の距離を保ちながら、しつこく食い下がるチームがある。かつて阪神で4番を打った新井貴浩監督率いる広島カープだ。その参謀(ヘッドコーチ)もまた、元阪神の正捕手・藤井彰人で、2人とも15年前の岡田阪神の主力選手だった。
今、阪神のリーグ優勝が必ずしも確定的でないという理由(根拠)は、ともに残り30試合を切った終盤戦の組み合わせにある。両チームの本拠地がドーム球場でないため、雨天順延の試合を含めると、阪神VS広島の直接対決がまだ7試合も残っているのだ。
この点で、新井監督はポジティブである。残り32試合の時点で、彼はナインに「30勝2敗でいくぞ!」とハッパをかけた。そこからチームは、すぐ後ろに迫っていた巨人、DeNAを相手に4連勝。新井監督が口にしたこの数字(30勝)がメディアで一人歩きした時、彼は「それぐらいのつもりでいくぞ、ということですよ」と笑った。
阪神との残り7試合に、新井監督は7連勝するつもりでいる。仮にこれが6勝1敗であっても、5勝2敗であってもかまわない。カープが大きく勝ち越せば、まだ可能性は十分にあるということだ。実はそれを、カープファンが信じて疑わない経緯があった。
遡ること7月31日。今季、新たに選手を獲得、登録できる期間が終了した。セ・リーグでは巨人、中日(各2件)、DeNA、ヤクルトがそれぞれトレードを成立させ、巨人、ヤクルト、中日の3球団は新外国人選手を獲得し、戦力補強を図った。前半戦の状況を見て、足りないピースを外部から注入するというのは、今や即効性のあるやり方として球界の常識になっている。
ところがカープは外部からの補強はいっさい行わず、5月に内部(育成選手)から中村貴浩を支配下登録しただけだった。球団はその種の準備はしていたものの、当の新井監督から補強のリクエストがなかったという。
ここに「現有戦力を成長させて戦い抜く」という強いメッセージが感じられた。つまり彼の「カープ家族」という考え(発想)は、本気だったのである。現に毎試合後、地元新聞に掲載される新井語録の中に「成長」という言葉が入っていない日は稀である。
ラストスパートに入った現在のカープは、監督から信頼され、グラウンドに送り出される、意気に感じた選手たちの伸び伸びプレーが目立つ。その結果、実績の少ない選手が「勝負際に強い」というか、逆転や僅差の勝利を演出している。はっきり書くなら、あまり予想していなかった選手が活躍してチームが勝つと、やたらと明日への活力が湧いてくるのだ。
この点は阪神も似ていて、むしろカープを上回る勢いすら感じる。そうなると2チームの直接対決で…ということになる。もちろんこの構図を崩しにかかる巨人、DeNAにも、意地があろう。この構図で、実はカープだけにあって、他の5球団にはあまり見られないものがある。
それが前述の「カープ家族」という言葉で表現される、チームの不思議な結束力(一体感)である。故障で主砲・西川龍馬を欠いた時、そしてエース大瀬良大地がスランプに陥った時、そして今は、これまでチームを支えてきた秋山翔吾、上本崇司、矢崎拓也、ターリーが1軍にいない状況でも、まるで親(監督)の意を汲むように他の選手たちが燃え、まるで兄弟みたいに彼らをカバーしてみせる。
それは逆境に立ち向かうことによって、想定外の力を得ようとする新井マジックであり、はるか先を行く阪神の背中を追う逆境を楽しんでいるかのように見える。最後の6、7試合くらいで、悠々と首位を走る「トラのしっぽにコイが食らい付いて…」という劇画のようなドラマ展開の可能性は、まだ思いのほか、残っている。
(迫勝則)
1946年、広島市生まれ。作家。元広島国際学院大学現代社会学部長(教授)、同学校法人理事。14年間、広島テレビ、中国放送でコメンテーター。主な著書に「前田の美学」「黒田博樹 1球の重み」など。2023年5月に「逆境の美学 新井カープ“まさか”の日本一へ!」で、新井カープの今日の姿を予言した。