さらに86年には、人類史上初のレベル7事故である、チェルノブイリ原発事故が起こる。
この年、青森県の東奥日報では、年間なんと777段もの記録的な原発広告が掲載された。なぜか──。
「歴代最高の出稿記録です。この年、青森県『六ヶ所村再処理工場』建設の前段階である海洋調査が行われました。誘致から工事に進む第一歩の年です。チェルノブイリの恐怖を払拭するために、紙面全部を買うくらいの資本を投下したのでしょう。危ないことが起こると、それを消すためにアクションを起こすということです」(本間氏)
六ヶ所村の施設は、全国の原発から出た使用済み核燃料からウランとプルトニウムを取り出す工場。つまり、原発に関わる全国全ての企業、電力会社から広告が集まることになる。
「段数表」によれば99年には合計約1541段もの広告が出稿されていた。
「この年、2つの大きな事故が起こります。石川県志賀原発臨界事故と、茨城県の東海村JCO臨界事故です。チェルノブイリの記憶が強く、国民が反原発に傾いていった」(社会部記者)
広告の分量は世論操作のために、莫大な資本が投下された「証し」である。
広告が「安全神話」や「原発のメリット」流布に使われたことは、同書に掲載された403点もの広告や記事写真からも明らかなのである。
「この子らの二〇年後」(78年11月2日 福島民報)
「大熊町、双葉町では雇用が増え、経済活動も活発になりました」(86年3月16日東奥日報)
「そろそろバテ気味石油くん」(85年10月26日 新潟日報)
福島第一原発事故以降ではしらじらしく聞こえるが、当時、こうした言葉は地方紙を通じて立地県の読者たちに浸透していった。
福井新聞では81年10月26日、当時、人気絶頂だった鳥山明氏の漫画「Dr.スランプ」の「アラレちゃん」が「原子力発電豆辞典」として、原発を解説している。10年11月11日には、先日、楽天の監督を勇退した星野仙一氏を前面に出して「まっすぐ、低炭素な社会へ」という広告を掲載している。
調査の結果、印象深かったのは福島県の2紙──「福島民報」「福島民友」における、「広告」と「論調」の調和であったという。
「同じ県に2紙あるので推進・反対で論調が割れているのではと、考えていました。ところが、調べると2紙とも原発賛成の論調。福井で事故が起こると『あちらは原燃で、福島は東電だから安全』という記事が載ります。電源三法のお金の恩恵が大きいという記事も多い」(本間氏)
3・11の福島第一原発事故で「安全神話」は崩壊した。原発は停止し、各電力会社は広告を出稿する余裕がなくなった。原発広告も稼働停止となったのか──。
「すでに一部の電力会社が『テレビCMを流せないか』と打診しています。今までのように『安全神話』を訴えられないので、現在では『安心神話』を訴えるようになっています」(本間氏)
これまでは、
「原発は絶対安全な技術⇒原発クリーンなエネルギー⇒それは日本に必要」
という広告の論調が、
「化石燃料で収益悪化⇒放射能の影響は風評被害で実害は軽微⇒経済維持には原発の部分稼働が必須」
という論調に変わっているというのだ。
「『原発広告』は『安心神話』を流布する形で静かに復活しているのです」(本間氏)
再稼働目前の今だからこそ、同書の凄みが伝わってくるのだ。