1987年春、新日本プロレスへのUターンが囁かれていた、ジャパン・プロレスの社長兼エースの長州力が動いたのは3月28日。
業務提携中の全日本プロレスの「チャンピオン・カーニバル」への出場をボイコットしたのである。
ジャパンの竹田勝司会長と大塚直樹副会長は、3月30日に背任行為を理由に長州追放を発表。追放翌日の3月31日、長州の個人会社リキ・プロダクションの加藤一良専務が東京・六本木の新日本事務所を訪れて、社長のアントニオ猪木、副社長の坂口征二、倍賞鉄夫秘書部長と3時間にわたって長州の新日本復帰について会談を持った。
さらに4月6日には、馬場―猪木会談が行われるという情報がプロレス・マスコミ間に流れて「この会談で新日本側が違約金を提示して問題をクリア。5月11日に後楽園ホールで開幕する『’87IWGPチャンピオン・シリーズ』から長州が新日本に復帰するだろう」というのが大方の見方だったが、長州の新日本復帰はそう簡単ではなかった。
ジャイアント馬場が「毅然たる態度で臨む。法的措置云々は言いたくないけれども、世間から〝プロレス界はいい加減だ〟と言われないためにも、きちんとした形でケリをつける」と厳しい姿勢を見せたからだ。
4月6日、東京・恵比寿のリキ・プロ事務所には、長州と行動をともにするマサ斎藤、スーパー・ストロング・マシン、小林邦昭、ヒロ斎藤、保永昇男、笹崎伸司、佐々木健介、レフェリーのタイガー服部が集結。
このメンバーでニュー維新軍を結成して新日本への出陣を発表すると思われたが‥‥。午前中に新日本事務所で辻井博会長、猪木、坂口、倍賞との会談を行った加藤専務は帰社すると、集まったマスコミに「今日、ウチと新日本が契約するという事実と違った報道が一部にありましたが、時期が時期だけに、余計な混乱を招くだけなので、やめていただきたい」と、新日本との契約を否定。交渉が難航していることを伺わせた。
実際、この日午後に行われた馬場―猪木、坂口会談では進展がなく、猪木も馬場も多くを語らず、坂口が「(引き抜き防止)協定に基づいて話し合っていこうという方針の確認で、前向きに話を進めています。協定によって犠牲者を出してはならない。ウチも全日本も使わないという形で犠牲者を出すことはしないということです」と語るにとどまった。
足止めを食った形の長州は4月15日から4日間、サイパンでニュー維新軍の強化合宿。そして4月27日の両国国技館に現れて、猪木VSマサ斎藤を客席で見守っていたが、マサが血ダルマにされてTKO負けを喫すると、リングサイドに突進。フェンスを乗り越えようとするのを小林、保永に止められた。
この一件に馬場は「両国大会の当日昼過ぎにある人から〝あとで謝るから今日は勘弁してください〟と電話があったから、新日本側の弁護士に電話で連絡して〝そういうことはできませんよ〟と通告しておいたから、まさかあんなことになるとは思ってなかった。テレビを見て、えらいことをしてくれたなと、怒りがこみ上げてきた。問題が何一つクリアされていない状態であんなことをされたら、契約も約束も踏みにじられたとしか言いようがない」と、珍しく激しい言葉で怒りを露にした。
これに対して5月2日に猪木と坂口が謝罪、6日後の8日には坂口が単独で馬場を訪ねている。
坂口は11日開幕の「’87IWGPチャンピオン・シリーズ」に何とか長州を出場させたかったが、新日本が提示した移籍金と全日本の要求額に差があって、問題クリアとはならなかった。
「あくまでも話し合いで今シリーズ中に解決したい。金銭が折り合えば出場のGOサインになるでしょう。セコンドに付くだけでも約束違反になるけど、会場に試合を観に来るのは仕方ないだろね。強行突破はやろうと思えばできる。でも、そうしたくないから馬場さんと何度も話し合っているんですよ」と坂口は語り、長州は5月11日の後楽園ホールに来たものの、通路で試合を観るだけでアクションは何も起こさなかった。
しかし5月12、13日の札幌2連戦で、ついに長州が強行突破してしまう。
藤波VSマサの一騎打ちを観戦するためにマシン、小林とリングサイド最前列に陣取った長州は、4.27両国で乗り越えられなかった場外フェンスの撤去を要求。エキサイトした長州が、場外戦で藤波にラリアットを見舞った。
翌13日の藤波VSマサの再戦では、マサが反則負けになるや、長州が花道を駆け抜けてきてリングに躍り込むや、猪木と藤波にラリアットを炸裂させ、さらに藤波にサソリ固め! マサ、マシン、小林と新日本マットを占拠したのだ。
控室ではマサが「なぜ馬場と猪木の間のたった1枚の紙(契約書)で長州が出られないんだ? 紙きれで選手を縛る時代は終わった!」と叫んだ。
小佐野景浩(おさの・かげひろ)元「週刊ゴング編集長」として数多くの団体・選手を取材・執筆。テレビなどコメンテーターとしても活躍。著書に「プロレス秘史」(徳間書店)がある。