京都の仁和寺(にんなじ)といえば、徒然草に登場するお調子者「仁和寺の法師」を思い出すが、今でいう観衆ウケを狙ってやらかす「痛いYouTuber」みたいなキャラだったのだろう。
その仁和寺が鈴虫の音とともにスモークとイルミネーションで幻想的に浮かび上がる中、将棋の藤井聡太が八冠獲得後に初めて迎える防衛戦「竜王戦第2局」の前日レセプションと記者会見が開かれた。
その会見で話題になったのは、仁和寺の配慮で用意された「控え室の布団」だ。主催者の読売新聞によれば、仁和寺での竜王戦の対局は、今年で5年連続5回目。そのうち藤井八冠は2021年から3年連続で仁和寺を訪れているが、
「基本的に対局中に使うお部屋なので、布団に入ってぐっすり寝てしまうことはできないんですけど、体を休めたいこともあるので、すごくありがたい配慮だなと思っています。これまでもお昼休みの時に入ったことがあったと思います(笑)」
そう明かしていたのだ。
10月18日、第2局を107手で2連勝した後の記者会見でも、控え室の布団を使ったかを尋ねられた藤井八冠は、笑いを交えてこう答えた。
「今日のお昼休憩で多分、20分くらい入って休んでいました」
実は仁和寺は竜王戦の対局会場となる前年の2018年春、境内の旧家屋を改築して外国人富裕層をターゲットにした高級宿坊「松林庵」を開業している。もとは古刹の寺医を代々つとめた久富家の邸宅で、延床面積159.9平方メートルの木造2階建て数寄屋造り。一棟まるまる貸切利用料はなんと「素泊まりで1泊100万円」だという。
1泊100万円の高級宿坊で提供されている布団と同じであるかは不明だが、藤井八冠が入ってみたくなった布団が1泊100万円と同等の寝心地であったことは間違いないだろう。
藤井八冠だけでなく、エンゼルスの大谷翔平も短時間の昼寝をすることで知られている。それが過去に「Number」誌のインタビューで渡辺明九段が評した「終盤力が違いすぎる」という、終盤にも決して落ちることのない藤井八冠の脅威の集中力と勝ち筋を見極める判断力の源泉かもしれない。
事実、伊藤匠七段との同級生対決の第2局は互いの角換わりに始まり、中盤まではセオリー通りの互角の戦い。のちに藤井八冠が反省した、81手目に金で王手を仕掛けてあわや返り討ちかというシーンもあった。伊藤七段の終盤に持ち時間と攻めの姿勢が残っていれば、藤井八冠に肉薄できただろう。
兼好法師が現代に生き返ったら…。令和の「仁和寺の法師」と「ある人、将棋をならふに」をどう評しただろうか。
(那須優子)