歌手・和田アキ子が11月1日放送の「これ余談なんですけど…」(ABCテレビ)にサバンナ、竹山隆範と出演。若き日の「アッコ伝説」を語っていた。
和田が中学時代、日々ケンカに明け暮れ、腕っぷしの強さで「ミナミのアコ」と異名を取っていたのは結構有名な話。その頃の話を振られると和田は「ケンカは本当に強かった」と認め、もっぱら相手は男だったという。
そんな中で当時、和田がボスの集団と別の集団の戦いが道頓堀の戎橋であると、和田の軍団がケンカ相手を橋からバンバン投げ落としたそうで「それでまた戎橋のほうに上がってくるヤツおったら、また沈めてさ」と和田。自身の子分の人数については「昔、京都の八坂神社に単車で20台ぐらいで行った」と語り、取り巻きの人数は約20名だった模様。
しかし芸能界デビュー後、ハワイである店に行った際、そこの社長から「お久しぶりです」と関西弁で言われ、和田が「関西?」と聞くとその社長は「大阪です。700番です。698番に紹介されました」と返答。和田は「700人もおったんだ!」と、取り巻きの下にまた多くの子分がいて、全体では700人規模だったと明かした。
「和田は柔道の道場を開いていた父親が厳しく、それに反発し、中1で家出をして中2の頃にはミナミで知らない者はいない不良番長になっていたとか。その一方でジャズ喫茶に入り浸り、そこから芸能界入りすることになったといいます」(芸能ライター)
強烈なエピソードだが、中学時代でこれだから、芸能界でも「アッコ軍団」を率いることができるのだろう。
(鈴木十朗)