ハッキリとデータを調べたわけではないのだが、筆者が思うに、SNSをより身近な存在にしたツールのひとつが、誰もが自由に文章を綴ることができるブログだった気がする。
2005年、流行語大賞のトップテンにも選ばれたこの「ブログ」で当時、1日としては異例の16万ビューというアクセス数を誇り、「ブログの女王」と呼ばれたのが眞鍋かをりだった。
彼女は横浜国立大学在学中にスカウトされて芸能界入りした、典型的な才色兼備タレント。グラマラスなボディーで世のオトコたちを魅了する一方、ブログでは〈M字開脚で死んでいるゴキブリを発見しました、セクシー!!〉等々、ユニークな文体で素の自分を表現。地頭の良さを武器に、バラエティー番組からお堅いNHKの教育番組までソツなくこなすマルチぶりで、人気を博した。
ところが、そんな眞鍋に降って湧いたのが、事務所移籍をめぐる泥沼トラブルだった。コトの発端は2008年2月。眞鍋が所属する芸能プロ「アバンギャルド」に東京国税局が家宅捜査に入り、同年3月、真鍋は「アヴィラ」に移籍。しかし、両事務所の実質的経営者が同一人物だったため、同年9月には彼女の自宅マンションにも家宅捜査が入り、事情聴取を受けることになった。
その後、事務所代表が法人税を脱税したとして東京地検特捜部に逮捕されたことで、眞鍋は「事件で信頼関係が破壊された」と契約解除を求めたが、事務所側が拒否。両者の争いは法廷へ持ち込まれることとなったのである。
そんな渦中の彼女が2010年4月12日、都内で行われる映画「第9地区」の記念イベントに登場することになる。裁判経過と今の心情を聞く、絶好のチャンスである。
映画は南アフリカに現れたエイリアンと人類の共存を描いたものだが、登壇した眞鍋はエイリアンとの共存について聞かれ、
「最初は共存できないと思ったけど、時間をかけてお互いの価値観などを知ることを重ねていけば、もしかしたらできるのかも、と感じられるようになった」
ちょっぴり意味深な回答である。頭のいい彼女のことだ。裏読みすれば、あるいは訴訟相手との間で「お互いの価値観などを知る」べく、時間をかけた話し合いが行われた可能性があるということなのか…。
しかし、答えはNoだったようで、イベント終了間際、報道陣から「所属事務所とは話し合いを継続中ですか」との質問が飛ぶと、笑顔で振り返った眞鍋はひと言。
「裁判の中でハッキリさせますんで!」
その表情からは「今後も怯まずとことん闘います」といった強い意思のようなものを感じた。だが結局、移籍問題は翌2013年末、両者が和解する急転直下の展開で決着。この騒動をきっかけに、世間が持つ「ブログ普及委員会」のタスキをかけ、笑顔でブログの普及に努めていた頃のアイドル然としたイメージは、すっかり消え去ったのである。
(山川敦司)
1962年生まれ。テレビ制作会社を経て「女性自身」記者に。その後「週刊女性」「女性セブン」記者を経てフリーランスに。芸能、事件、皇室等、これまで8000以上の記者会見を取材した。「東方神起の涙」「ユノの流儀」(共にイースト・プレス)「幸せのきずな」(リーブル出版)ほか、著書多数。