83歳の現在も、当時の気骨さは健在だった。先日、以前から気になっていた俳優・中村敦夫が福島原発で働く元原発技師の老人を演じる朗読劇「線量計が鳴る」のDVDを購入した。この作品は老人が人生を振り返りながら、事故時の写真を交え、原発の危険性を訴えるものだ。小中時代を福島県いわき市で過ごした本人が被災地を取材、脚本も書いたというだけにリアリティーがあり、なかなか胸に迫るものがあった。
中村といえば、1970年代に時代劇「木枯らし紋次郎」に主演し、一世を風靡。1984年からキャスターとしてドキュメンタリー番組「地球発22時」(TBS系)にも出演した。1987年10月には、自身の名前が冠につく「中村敦夫の地球23時」(TBS系)のキャスターを務めていた。
ところが1988年3月4日、大阪で行われた4月の番組改編発表の記者会見で、放送時間が土曜夜11時から水曜午後7時に変わるとして、プロデューサー同席のもとで、次のように言い放ったのである。
「私は電波芸者だから、座敷がどこだろうと一生懸命やります。しかし、見たがっている客はどうなのか。今度は19時に移れというが、ここは劇画の時間帯だ。100人に聞いたら100人がおかしいと言いますよ。TBSがアホなのか、中間(毎日放送の上層部)がアホなのか。現場はおかしいと思っている」
「紋次郎」を彷彿させる切れ味のいい言葉で、正面切って局を批判したから大変である。
この発言を受け、毎日放送は5日後の3月9日夜、中村にキャスター降板を通告、つまり首切りを宣言されたのである。むろん中村も黙っているはずはなく、11日に再び会見を開く。
「認知症の老人からいきなり殴られた感じで、唖然としています。僕は午後7時台になって頑張ると宣言したつもりなんですが、毎日放送側は『タレントが生意気な』としか受け取らなかったようで、アホらしくて怒る気にもなりません」
毎日放送を取材すると「新番組に対する中村さんの誤認があるので、ご遠慮いただくことになった」として、降板は記者会見の発言ではなく、あくまでも中村側の誤認が問題だと回答。しかし、筆者の取材にTBS関係者は、
「中村おろしは結局、うち(TBS)への配慮でしょ。毎日放送はかつてNET(旧テレビ朝日)とネットワーク関係を結んでいたんですが、テレ朝の社名変更を機に、TBS系列に加わった。そのため、局の上層部はウチに対し、相当気を使っていたことは事実。そんな中、毎日放送が仕切る記者会見で中村さんのあの発言が飛び出したわけですからね。あれには毎日放送の上層部もかなり焦ったと聞いています」
この証言が事実だとしたら、やはり中村降板は大人の事情だったことになる。会見での「電波芸者」発言に対し、
「卑下しているのではなく、プロフェッショナルという意味。ゲリラ集団のひとりとしては、無為無策のまま野垂れ死にするより、銃殺されるほうがよく似合う」
と笑った中村。今回のDVDを見て、ふとあの会見で見せた不敵な笑みが脳裏に蘇った。
(山川敦司)
1962年生まれ。テレビ制作会社を経て「女性自身」記者に。その後「週刊女性」「女性セブン」記者を経てフリーランスに。芸能、事件、皇室等、これまで8000以上の記者会見を取材した。「東方神起の涙」「ユノの流儀」(共にイースト・プレス)「幸せのきずな」(リーブル出版)ほか、著書多数。