これは虫が極端に苦手な人には、キツイ話になるが…。新年度からの訪問介護の基本報酬が、引き下げられることが決まった。
「介護なんてずっと先の話」と思う人はいるだろうが、40歳以上であれば毎月、健康保険料とともに介護保険料が給料から天引きされているので、自分たちの手取り収入に直結する問題でもある。
新聞やテレビはハンコを押したように批判一辺倒だが、介護報酬の引き下げに至った「介護業界の闇」がある。
筆者と仕事上の付き合いがある介護事業者は、冒頭のように前置きした上で、訪問ヘルパーの現状についてこう話した。
「訪問ヘルパーの有効求人倍率は15倍を超えてますが、介護報酬と給料を高くしたって応募はありません。むしろ小綺麗な分譲マンションや公団、サービス付き高齢者住宅などを一棟まるごと委託される事業者は、コロナ禍でも利益率が7%を超える『バブル状態』で、ヘルパーも充足しています。問題なのは、高齢者の独居住宅や公営住宅を回っている小規模事業者。それらの事業者にとって報酬減額は渡りに船で、介護報酬減額を口実に、ヘルパーが行きたがらない家の契約を切ることができる。もちろん報酬が減らされるより増えた方がいいので、業界としては『報酬減額に反対』ですが」
ヘルパーが行きたがらない家とは何か。介護事業者が続けて指摘するのは、
「虫とネズミだらけの家、傷んだ食べ物やゴミを捨てると怒り出す老人、ヘルパーに暴力やセクハラ暴言を浴びせる老人がいる家です。ヘルパーが訪問先ごとに靴下をいちいち替えればいいとか、そういうレベルじゃないんです。靴下はすぐに何かわからない真っ黒な汁で汚れ、ビチャビチャになる。ゴミが積み重なり、足の踏み場のない床の下で『アレ』がカサコソと這っている音が聞こえたり…」
最悪なのは、訪問ヘルパーや訪問看護師が家を訪れた際に、住人が亡くなっていた場合。夏だと3日ぶりに訪れて、変わり果てた腐乱遺体と対面することもある。変死の疑いがあれば警察が来るまで、病死の可能性が高くても医師が到着するまで、第一発見者のヘルパーはその場に遺体と一緒にいなければならない。主婦や定年退職後の高齢者が、軽い気持ちでできるような仕事ではないのだ。
今では少なくなったが、死亡診断書を書く医者が「今日は夜遅いので明日の朝に行くから。それまで遺体を見てて」と遺体のお守りをヘルパーや訪問看護師に丸投げするパターンがある。
とりわけ高齢化と老朽化で人がほとんど住んでいない老朽マンションや公営住宅のひと区画、虫だらけの部屋で、医師が来るまで夜を明かすこともある。それ以外にも訪問宅で包丁を振り回されたり、頭の上にネズミが乗っかったり…。そんな調子だから、独居老人が多い地域の訪問看護師の年俸を800万円に上げたところで、応募者は誰もいない。
新聞とテレビがインタビュー取材しているのは「介護報酬をピンハネしている業者」であって、地獄の番人よりひどい仕事を実際に押し付けられているヘルパーの叫びではないのだ。
(那須優子/医療ジャーナリスト)