歴史的な円安が止まらない。大手総合商社5社の昨年度の決算が出揃った5月8日には、円安の恩恵を受けているはずの5社幹部から異口同音に、悲観的な見通しが語られたのが印象的だった。三菱商事の中西勝也社長は、
「やはり円というのは国力を表すので、円安が進むということは、国力が弱くなるっていうふうな側面もある。さらに我々が海外でM&A(買収)をする時、やはりこの円安というのは非常にボディーブローとして効く」
そして丸紅の柿木真澄社長も、次のように語っている。
「これがいきすぎると、とんでもないことになるんじゃないかなということで、あまりいきすぎた円安は歓迎できない。そもそも為替っていうのは国力を体現しているものでもあり、やはりこれだけ円安が進むということはですね、日本の体力が落ちてきている」
国力低下を懸念する意見まで、飛び出したのである。
事実、円安の影響で、5月上旬からスーパーやコンビニの陳列棚からオレンジジュースが消えた。アサヒ飲料のバヤリースオレンジ(1.5リットル)や森永乳業のサンキストオレンジ(200ミリリットル)は現在、販売休止に追い込まれている。
オレンジの原産国ブラジルの天候不順やオレンジの木が枯れる伝染病の流行で、同国のオレンジ生産量は例年の3分の1にまで激減している。さらにアメリカでも、昨年のハリケーンの影響でオレンジが不作。世界的にオレンジが品薄状態となっているところに円安が重なり、日本はアメリカや中国とのオレンジ買い取り競争に負けたのだ。
これはオレンジに限ったことではない。小麦や牛肉、鶏肉、そして薬が手に入らなくなる心配すら出てきた。日本の小麦自給率は13%で、ほぼ9割を海外からの輸入に頼っているが、世界の小麦輸出シェアのトップはロシアで、5位がウクライナ。この2カ国だけで世界の小麦輸出量の3割以上を占めている。ウクライナ戦争が続く限り世界の小麦不足は続き、円安の日本は小麦でも買い取り競争に惨敗する可能性が出てきた。
鶏肉の自給率は6割なので、鳥インフルエンザがまた全国的に流行しない限りは、鶏肉の価格も流通も安定するだろうが、自給率4割を切る牛肉は今後、輸入牛肉の値上がりが予想される。
もっとヤバイのは、解熱鎮痛剤や抗生物質などの薬不足だ。病院で処方されるジェネリック医薬品のサプライチェーンを辿ると、その原材料の約7割を中国が占めており、さらにアメリカ、インドが各7%と続く。
台湾有事が起きれば中国からのサプライチェーンは絶たれるし、このまま歴史的円安が続けば、日本の製薬企業はEU企業と韓国企業との原料の買い取り競争に負け、医薬品の製造が困難になる。
現時点で厚労省のサイトでは、アセトアミノフェンなどの解熱鎮痛剤、去痰剤、不整脈、降圧剤などが数量を限定して出荷されている、とのアナウンスがある。
コロナ禍に不足していた抗生物質も、脂質異常症の処方薬も、供給ラインは正常に戻った。小林製薬による健康被害はこの3年間、脂質異常症の処方薬が不足していた代わりに「紅麹サプリ」を買い求めた人がいたことで、被害が拡大したとみられる。
昨年、日本は初めて出生数が80万人を切り、婚姻件数も50万組を切った。日本経済を支える世代が減少するのだから、日本の国力低下を懸念するのは企業トップだけでなく、世界の投資家も同じだろう。岸田文雄総理はこの歴史的円安に対応できるのか。
(那須優子)