かつては官僚を目指す優秀な生徒を日比谷高校⇒東京大学法学部へと送り出していた名門、東京都千代田区立麹町中学校。その麹町中で今、ちょっとした騒ぎが起きている。
6月12日付の「朝日新聞」が麹町中がダンス部員に対し「ヒップホップ禁止令を出した」と報道したのだ。
〈5月下旬、麹町中の保護者46人から区の教育委員会に対し、学校側の一方的な事情により部活動の内容が変更され、生徒が精神的苦痛を受けた、などとして抗議する文書が提出された〉
これに対し、麹町中は公式サイトで、次のように報道内容を否定。
〈現在、ダンス部の活動については、報道とは異なり、専門の指導者のもとヒップホップダンスを含め週2回の活動を実施しております〉
麹町中はホテルニューオータニやグランドプリンスホテル赤坂跡地の東京ガーデンテラス紀尾井町、衆参議院議長公邸に囲まれた都心の一等地にあリ、その卒業生には岸田文雄総理から「積木くずし」の穂積由香里さんまで、名を連ねる。70代以上の読者は、岸田総理に代表されるような、番町のお屋敷街で育った富裕層のほか、政治家や官僚の子息が全国から集まリ、番町小学校⇒麹町中学校⇒日比谷高校⇒東京大学法学部と進むエリート集団をイメージする。50代、60代は穂積さんが受けた壮絶なイジメの舞台という印象が強い。
Z世代ともなれば、ジャガー横田さんと木下博勝医師の長男がド派手なパープルヘアで麹町中に通学する様子をSNSで見たことから、「化粧も髪色も自由で、定期試験も固定の担任教師もいない、なんでもアリの公立中学校」として知られている。
なぜ麹町中がここまで変容したのか。千代田区は人口の空洞化によって生徒数が激減し、区内には3つしか区立中学校がない。うち麹町中以外の2校は中高一貫の九段と、通信制の神田一橋。教育熱心な家庭は中学受験で九段を目指すし、それ以外の千代田区在住の子供が麹町中に寄せ集められているにすぎない。
麹町中の学区、同区内の官舎に住んでいる筆者の元同僚によると、
「麹町中は2018年の中学校改革で定期テストを廃止したものの、定期テストがないぶん、内申点の評価が『大甘』になった。オール5の生徒と、オール1の生徒に二分されると、評判になったのです。内申点が取りやすく、日比谷高校に入りやすいとして、わざわざ千代田区に引っ越してくる越境組がいる一方で、『積木くずし』の時代に戻り、陰湿なイジメや校内が荒れているという悪評も聞く。中学校改革でその学年の教員全員が交代で担任を務める学年担任制にしたのは、モンスターペアレントが多いあまり、麹町中に赴任した優秀な教員が精神を病み、相次いで退職に追い込まれたからです。改革に伴う問題がいろいろと噴出し、2018年の改革前の『普通の中学校』に戻す必要がありました」
千代田区といっても、オフィス街とお屋敷街だけではない。番町小学校、麹町中学校の近くには朝鮮総連中央本部があるし、千鳥ヶ淵や東京ドームを見下ろす好立地に、公営住宅や都営住宅が林立している。
現職の総理大臣を輩出した名門中は、私立なら退学処分になるが、区立なら無理難題を吹っかけても追い出されまいと開き直る、モンスターペアレントの「巣窟」「人外魔境」になってしまった。日比谷高校に進学させたくてわざわざ千代田区内に引っ越し、内申評価の甘い麹町中に入れたのに、子供の成績が振るわないと逆ギレする親がいるというのだから、教員の苦労たるや、推して知るべし。先の元同僚は、沈黙を続ける学校関係者に代わって、次のように言う。
「今回のダンス部騒動については、新型コロナの緊急事態宣言下で部活動が制限され、大人数での団体競技を続けるのが難しかった。それで小グループでの活動をメインにしていたのを、全学年の活動に戻したのです。3年生だけがヒップホップダンス活動をして1、2年生には発表の場がないというのは不公平だと思いませんか。それを上級生の親が朝日新聞の記者や国会の野党議員にタレ込み、声のデカイ方の言い分だけを通そうとする。麹町中が抱える病巣を象徴しています」
人気ラッパーの呂布カルマはXの公式アカウントで、次のように言及している。
〈ヒップホップは非行なので親や学校のバックアップの下にやろうとするのは大間違いです〉
〈そうじゃないヒップホップも一部存在はしますが基本的には非行です。親や教師に隠れてやるものです〉
ヒップホップダンスはアメリカのストリートギャング同士の抗争を、銃やナイフの代わりにブレイクダンス対決にしたのが発祥だ。ヒップホップの核心をまるでわかっていないのは「精神的苦痛を受けた」と権力者に泣きを入れる中学生ヒップホッパーの方で、中学校はハリウッド映画の「サタデー・ナイト・フィーバー」「フットルース」に登場する、ダンスを禁じる正統派ヴィラン(悪役)を演じているにすぎない。
中学校の部活動に首を突っ込む親も親なら、それを書き立てる大新聞社も大新聞社だ。
(那須優子)