焦燥感を隠せない絶対王者。6月20日に行われた将棋の第9期叡王戦五番勝負(不二家主催)の第5局は、異次元のハイレベルな攻防で「こんな藤井聡太はこれまで見たことがない」と驚いた将棋ファンは多かったことだろう。
この対局では藤井らしくない、集中力が途切れる瞬間があった。伊藤匠新叡王がその刹那を見逃さず、渾身の一手を打ったのは、ちょうど100手目だ。
失冠した藤井は、自らの敗因をこう振り返っている。
「途中までこちらが攻めていく展開でしたが、後手5三銀(98手目)から後手5二銀(100手目)を気付いてなくて、そのあたりから徐々に苦しい感じにしてしまいました」
「その後の後手7六歩(104手目)から後手8六歩(106手目)からの反撃に、もうちょっといい対応があったのかなと思います。終盤でのミスが結果に出てしまった。やむをえない」
わずか1手で勝敗がひっくり返る接戦。過去に全タイトル制覇(当時は七冠)した羽生善治・日本将棋連盟会長をもってしても、
「今回の五番勝負は、最先端の将棋の魅力が余すことなく表現されたシリーズだと感じました。今後も藤井竜王・名人としのぎを削る勝負を、末永く繰り広げられることを期待しています」
レジェンドをして「最先端の将棋」と言わしめた同い年の両者。互いに小学3年生だった当時、小学生の将棋全国大会の準決勝で、藤井を負かして泣かせた逸話を持つ伊藤叡王は昨夏、「野球断ち」を表明していた。伊藤叡王の父親で、IT分野の知的財産を専門とする伊藤雅浩弁護士が名古屋出身ということもあり、親子で中日ドラゴンズのファン。かつては家族でナイター中継を見ていたというが、
「最近はストレスがたまるので、中継は見ていません。結果だけはチェックしていますけどね」
藤井攻略のために、より時間を費やすようになった。伊藤弁護士も自身のSNSで、愛息が一緒に野球観戦してくれなくなったと明かしており、伊藤叡王が立浪中日のあまりの弱さにナイター観戦を見限ったのは、事実のようだ。それが結果的に、藤井攻略へとつながったのは、なんとも皮肉なことというか…。
対する藤井も愛知出身の縁で、史上最年少でタイトルを取った際には、当時の与田剛監督から、
「胴上げを(ナゴヤ球場まで)見に来てほしい」
と熱烈ラブコールを送られていたのだが…。
あまりに不甲斐ない2年連続最下位、そして今季もまた最下位争いのドラゴンズ。親会社の中日新聞社は現在、「新聞三社連合/特別協賛おーいお茶(伊藤園)」という形で「王位戦」を主催しているが、ここは伊藤叡王と藤井七冠に詫びを入れるため、叡王戦の協賛社になるほかないのでは。
(那須優子)