将棋の藤井聡太八冠が1勝2敗のカド番に追い込まれ、八冠タイトル防衛に黄色信号が点っていた第9期叡王戦五番勝負(主催:不二家)。5月31日の第4局は挑戦者の伊藤匠七段が攻めあぐね、藤井八冠が2勝2敗のタイに戻した。
戦局が一変したのは、藤井八冠が大好物のバターライスとチキンのトマト煮込み、伊藤七段がローストビーフ丼を堪能した昼食後だった。
藤井八冠の角が、伊藤七段の陣に攻め入る。
「8七角と自陣に角を打たされる展開は本意ではなかった」
「本局はもう少し熱戦にできそうなところで、ちょっとこちらがバランスを崩してしまって、少し残念な内容になってしまいました」
挑戦者はそう振り返った。
あと1勝で初タイトルに手が届く伊藤七冠には、様々な思いが駆け巡っていることだろう。先に棋士になった藤井を追って、都内屈指の進学校を1年で中退。4年連続で年度勝率首位だった藤井八冠を破り、年度勝率1位になる実力がありながら、昨年、竜王と棋王の挑戦権を得るまで、苦しい時代が続いた。
藤井もまた棋聖、王位の二冠を獲得した高校3年時に「殺害予告」が相次ぎ、名古屋大学教育学部附属高校への登校が困難に。卒業まで残りわずか2カ月の1月末に、出席日数不足から自主退学している。
そんな2人が幻のキャンパス生活、アオハルを堪能したのが、対局前日にあった柏市のパブリックスクール「Rugby School Japan」訪問イベントだ。
あのラグビーの名前の由来となったイギリスの名門校であり、日本校は2023年8月に開校したばかり。キャンパスには映画「ハリーポッター」シリーズを想起させる、全校生徒が一同に介する食堂や、国際大会も開けるラグビー場がある。
驚くのはその学費だ。授業料は550万円、寮費が250万円と、年間800万円かかる。小学6年から高校3年までの7年間の学費総額は諸経費、寄付金、円安も考慮すると、6000万円を超える。
サイモン・パルファマン副校長に、対局中の集中力の秘訣を問われた藤井と伊藤は、お互いに5歳で将棋に興味を持つと両親が将棋教室に通わせてくれ、興味が持続するようバックアップし続けてくれたことを挙げていた。
ともに地元屈指の大学付属校に合格するほど成績優秀でありながら、将棋で結果を出せなければ中卒の学歴しか残らない「All or Nothing」の勝負の世界に飛び込んだ、同い年の天才少年。それでも我が子の才能と未来を切り開くためにサポートを惜しまない両親もまた、一財を擲ってラグビースクールに我が子を入学させた親の熱意に負けないか、それ以上の覚悟をガン決めしたことだろう。
(那須優子)