「説明するまでもなく、農水省は農業と漁業の政策を一体的に担う役所。だた、自民党内の部会は農林部会と水産部会に分かれている。野村さんが農林族ではなく農水族だったら、間違ってもあんな発言は出てこなかっただろう、というのが永田町では一致した見方になっています」
政治部記者がこう振り返るのは、野村哲郎農水相による2023年8月31日の失言である。
東京電力福島第一原発処理水の海洋放出をめぐり、処理水は「核汚染水」だとして強く反発する中国政府が、日本の水産物を全面禁輸に踏み切ったことで、漁業関係者の間には衝撃が走った。そこでなんと、水産物を取り扱う漁業政策の管轄官庁たる農水省トップが「処理水」を「汚染水」と言い、大ヒンシュクを買ったのだ。
野村氏はこの日、首相官邸で開かれた中国による日本の水産物禁輸への対応に関する関係閣僚会議に出席。その後、記者団からの質問に対し、
「汚染水のその後の評価などについて、情報交換した」
なんと中国の言いがかりと同じ表現を使ったから、コトが大きくなるのも当然だ。水産物禁輸問題を議論した直後の言い間違えには、記者たちも唖然茫然。即刻、岸田文雄首相から謝罪と撤回を指示される事態になった。
この騒動を受けて、中国外務省の汪文斌報道官は9月1日の記者会見で、
「(野村大臣は)事実を述べたに過ぎない」
と薄笑いを浮かべ、野村氏の発言撤回と謝罪に対しては、
「真に撤回すべきは放出強行の誤った決定で、真に謝罪すべきは世界にリスクを転嫁する利己的な行為だ」
予想されたこととはいえ、余計な挑発を生むことに。さらに日本政府が使う「処理水」という呼称について、
「日本が核汚染水放出のリスクを薄めて、覆い隠そうとしており、国際世論をミスリードしている」
従来の主張を繰り返し、再び言いがかりをつけたのである。こうして中国政府に格好のネタを与えたことで、与党内からは「大臣不適格」との声が噴出した。
しかしその後も野村氏は、懲りずに放言。
「こういった間違いを起こしたことに対して、大変申し訳ないと、顔を上げて言えばよろしかったんでしょうけども、私は時々やっぱり口が滑ってしまうおそれがあるので…」
と目の前のペーパーを読み上げ、さらに集中砲火を浴びることになったのである。
野村氏は地元・鹿児島県農協中央会の常務理事を定年で退任後の2004年、衆院に転じた県選出の森山裕議員に代わって自民党参院議員となり、農林水産政務官や参院農水委員長などを歴任。自民党の農林部会長を三期務めた人物だ。だた、大臣としての適性はなかった。
そんな野村氏が退任会見を開いたのは、9月13日のことだったのである。
(山川敦司)