過激派組織「イスラム国」に2人の日本人が拘束され、身代金2億ドルを要求した事件。イスラム国は日本時間の1月24日深夜、人質の後藤健二さんが、湯川遥菜さんと見られる男性の遺体の写真を持つ画像が映っているビデオを公開してきました。
犯人グループは、残る後藤さんを解放する条件として、ヨルダンに拘束されている死刑囚の仲間の釈放を要求しています。
これに対し、安倍総理は「言語道断だ。強い憤りを覚える。我が国は決してテロに屈することはない」と語っています。
今回人質となった湯川遥菜さんは、私が代表を務めていた「頑張れ日本! 全国行動委員会」の会合にいらしたことがあります。彼が行方不明になった直後のマスコミ取材には「覚えていない」と答えました。私と知り合いだとわかると、命を奪われる危険性があると思ったからです。
湯川さんのお父さんは「息子がご迷惑をおかけしました」と語っていますが、ご家族の心情を思うと、言葉になりません。
資金源として年間40~50億円の身代金を得ているイスラム国は、日本に対し、2億ドルもの身代金を要求してきました。中東を歴訪していた安倍総理が、イスラム国対策として2億ドルの支援をした直後の脅迫であり、これはテロリストによる誘拐の身代金要求額の相場である200万~400万ドルの100倍もの金額です。
人命を尊重せねばならないのは当然ですが、国際社会の常識では、政治判断として、イスラム国の要求どおりに身代金は出せません。相手の要求を呑めば人質は助かりますが、新たな脅迫や誘拐事件が必ず起こるからです。
今から38年前の昭和52年。ダッカで起こったハイジャック事件の際、福田赳夫総理(当時)は「監獄にいる6人の仲間を釈放し、金をよこせ」とする日本赤軍ハイジャック犯の要求に従い、赤軍の犯人らを超法規的措置により釈放しました。
日本政府は犯罪人に当時のレートで16億円もの大金を持たせ、「人命は地球より重い」との“迷言”を残しています。この2週間後、西ドイツのボンに向かうルフトハンザ航空機が、ドイツ赤軍によってハイジャックされましたが、ドイツ政府は交渉の末、ハイジャック犯を射殺するなど、日本とは正反対の対応をしています。
ダッカのハイジャック事件から1カ月半後の11月15日、北朝鮮に拉致されたのが横田めぐみさんです。北朝鮮から帰国された曽我さん、蓮池さん、地村さんは翌昭和53年に拉致されました。日本政府の弱腰対応を目にした北朝鮮が「日本人を拉致すれば金になる」と考えたのかもしれません。
イスラム国の脅迫に対し、絶対に金を渡してはいけません。次にまた同様の事件が起こるからです。
「2億ドルは人道支援である」と表明した日本政府が、脅迫に屈しなかったのは正しい姿勢なのです。
日本の場合、特殊部隊が解決する能力を持たず、それをやる気もありません。矛盾するようですが、相手に何かを与える以外、解決方法がないのも事実であり、こうした事件が起こらないようにするには、国家が強くなるしかないのです。
今回、イスラム国に対し、政府に独自のチャンネルがないことも露呈しました。外務省、防衛省などの情報能力を強化すべきです。先進国の中で対外的な情報機関がない国など日本だけです。こうした事件にすばやく対応するためにも、情報機関の必要性が感じられます。そして特殊部隊の育成も考えなければいけません。
我が国は、絶対にイスラム国のテロに屈してはならないのです。
※本コラムは2/1以前に執筆されたものです。
◆プロフィール 田母神俊雄(たもがみ・としお) 1948年生まれ。第6航空総隊司令官、統合幕僚学校長を経て第29代航空幕僚長に就任。08年10月、自身の論文にて政府見解と異なる主張をしたことで職を解かれる。08年11月定年退官。公式HP: http://www.tamogami-toshio.jp/