イスラム国による湯川遥菜さん、後藤健二さん殺害事件を受けて安倍総理は、自衛隊による邦人救出の法整備を進めると明言しました。海外でテロにあった日本人を救出する法整備は急がれるべきですが、菅義偉官房長官は「今回の人質事件の場合、相手が非道極まりないテロ集団であるため、自衛隊派遣は現実的ではない」と語っています。
自衛隊を派遣する場合、大規模な騒乱が条件となるでしょう。みずからの意に反した邦人が、何十人、あるいは何百人と拘束された際、初めて自衛隊を派遣すると思われます。
いずれにせよ、今はイスラム国に自衛隊を派遣する体制ができていません。すぐにでも救出に向かえると思っている人が多いかもしれませんが、それは間違いです。
例えば、自衛隊をイスラム国の領内に派遣するには、まず自衛隊が現地の情報に精通する必要があります。それには、現地に駐在員を置き、自衛隊員を手引きできる体制が求められます。地理的な情報はもちろん、イスラム国の部隊の動きなどもわかっていなければ、効果的な救出活動はできません。
イスラム国に限らず、海外に自衛隊を派遣する場合、現地の情報を十分につかんでいなければなりません。つまり、今後新たな邦人が人質となっても、イスラム国その他に自衛隊を派遣するには時間がかかります。
また、軍事攻撃をする際に必要となるのが「ターゲッティング」です。これは、相手のどの目標を攻撃するか。その目標に対して何発のミサイルを撃ち込み、いくつの爆弾を落とすか。それで攻撃目標が破壊できるのか、などを事前に調べなければなりません。
攻撃に際しての地理的情報(どこから発進して、どこを通って目標に進むか)と建物の脆弱性情報(どの程度の衝撃で壊せるか)を調べ上げなければ、攻撃計画は立てられないのです。
ましてや、犠牲になったヨルダン軍のパイロットのような人質を取られるようなことがあってはなりません。入念かつ詳細な準備が必要となるのです。
2月5日、ヨルダン軍は惨殺な処刑をされた中尉の報復として、中尉が拘束されて以降、中止していた空爆を再開しました。ヨルダン軍はこうした情報を得て攻撃をしているわけですが、自衛隊にそうした情報などないでしょう。
本来であれば、こうした情報は調べておかねばなりませんが、自衛隊が調査のために動きだすと「攻撃準備をしている」などと叩かれます。
こうした状況は現在に至るまで、一向に変わることなく、自衛隊は海外に派遣される準備が整えられなかったわけです。防衛大臣ならば「攻撃をする・しないにかかわらず、準備を整えておくのは当たり前だ」と答えるべきで、防衛大臣が自衛隊を守る発言をすれば、自衛隊も準備できるのです。
相手への攻撃は、現状の法体制ではできませんので、自衛隊は「現地情報」に加えて「法整備」、二つの条件をクリアせねば派遣はできません。
仮に「邦人救出」のみが目的だったとしても、現地の土地勘が必要となります。そして、現地を誘導してくれる人間も必要です。
イスラム国に関しては、こうした現地情報を得るための準備を整えつつ、派遣のための法整備を進める必要があります。「行ってからやることを考えればいい」後方支援とは別物です。
今回のような人質事件は今後も起こると想定できます。政府は、公にすることなく、現地の情報を手にするための準備を整えるべきです。そしてマスコミに叩かれた場合は「準備するのは当たり前だ。でなければ、いざという時にできない」と答えるべきなのです。
◆プロフィール 田母神俊雄(たもがみ・としお) 1948年生まれ。第6航空総隊司令官、統合幕僚学校長を経て第29代航空幕僚長に就任。08年10月、自身の論文にて政府見解と異なる主張をしたことで職を解かれる。08年11月定年退官。公式HP: http://www.tamogami-toshio.jp/