筆者は芸能、スポーツ、あるいは医療関係など、様々なジャンルの記者会見を見てきた。そんな中で「最悪の会見」を選ぶとすれば、サッカー・ブラジル代表のロナウド「時計会見」だ。
1998年、当時、世界最高のストライカーだったブラジル代表のロナウドが、スイスの高級時計会社とアドバイザリー契約を結んだ。そのPRのためロナウドが来日し、東京都内で記者会見を開く運びとなった。
会見の冒頭、主催者側から驚きの説明があった。それは「本日の会見はあくまで、時計に関するものに限定します」というもの。出席した記者が「サッカーに関する質問はダメなのですか」と確認すると、改めて「時計に関するものだけです」という。その理由を聞いても「そういうことになっていますから」と言うばかりだ。
スキャンダル渦中の芸能人が映画の制作発表会見などに出席した際、司会者から「映画のことだけにしてください」と質問を限定する例はよくあるが、スポーツ選手の会見では見たことがない。ましてや当時、ロナウドは何かトラブルを抱えていたわけでもない。
さて、会見はその後、契約に至るまでの説明があり、ロナウドが挨拶。
「こういう素晴らしい時計に関わることができて、光栄です」
その後、質疑応答の時間となったが、誰ひとりとして挙手する記者はおらず、沈黙が続いた。おそらく誰もがアキレ返っていたのだろう。質問がないまま、会見は終了した。
なぜこんな設定の会見を開いたのか…。ロナウドがそんな要望を出したとは考えられない。おそらく会見の主催者側(日本の代理店、PR会社)はロナウドのような大物を扱った経験がなく、スイスの時計会社に忖度しすぎたのだろう。
その結果、翌日のスポーツ紙でロナウドの会見を扱った記事はほぼ見られなかった。世界最高の選手を壮大に無駄遣いした、大失敗の会見だった。
数日後、会見の主催者側から封書が届いた。それは会見に不手際があったことを詫びる謝罪文だった。会見の主催者側から謝罪文をもらったのは、あとにも先にもこの時だけである。
(升田幸一)