第37期「竜王戦」七番勝負第3局が、10月25日から京都市「総本山仁和寺」で始まった。藤井聡太竜王と佐々木勇気八段の対戦成績は1勝1敗。第3局の勝者が今後の対局を有利にすることになる。
藤井竜王が2期ぶりに黒星を喫した第2局を振り返ってみよう。初日の10月19日、昼食休憩を終えた藤井竜王のしゃっくりが止まらない。主催する読売新聞社の速報で「昼食に食べた『辛味しぼりおろし蕎麦』の影響か」と勝負メシに言及したこともあって、「辛味しぼりおろし蕎麦」のつけ汁に入れた辛味大根おろしと絞り汁が「戦犯」扱いされた。
特にSNSやニュースコメント欄では、匿名アカウントの憶測や妄想がひとり歩き。藤井竜王を心配するあまり、対局地の福井県あわら市が「観光アピール、話題作りのため、激辛料理を藤井竜王に食べさせたのではないか」という根拠のない憶測まで書き込まれた。
そこで真相を福井県あわら市の商工労働課に確認すると、
「辛味大根はピリッとした強い辛さが特徴で、栽培時期や使う部位によっても辛さが異なると聞いています。それを踏まえて、藤井竜王にお出しした『辛みしぼりおろし蕎麦』に使った辛味大根はあらかじめ味見し、つけ汁の味付けを調整しました。いつ訪れても同じ味、同じ辛さを楽しんでいただけるようにと、福井県内の蕎麦店でお出ししています」
藤井竜王や将棋連盟関係者に出した「辛みしぼりおろし蕎麦」だけが特別辛かったわけではないようだ。しかもこの辛味大根、辛みしぼりおろし蕎麦(と小天丼)を提供したあわら市の福乃屋は契約農家に直接、生産を依頼しており、市場には出回らない「幻の大根」でもある。
大根や人参、トマトの生産農家が主力野菜の傍ら辛味大根を栽培して、越前名物「おろし蕎麦」を提供する県内の蕎麦店に卸すなどしており、市場の流通ベースで販売されることはない。藤井竜王をビックリさせた「おろし蕎麦」を味わうなら現地を訪れるか、直売所や道の駅、通販やふるさと納税での取り寄せは可能だ。
「辛い大根を提供するなんてケシカラン」などといった、ネット上の卑怯者のクレームに振り回された結果、食の多様性はどこへやら。ご当地グルメやご当地野菜はすっかり個性を失い、日本全国どこに行っても同じような料理ばかりになってしまう。
1年の4分の1を8大タイトル戦の対局に費やし、趣味の鉄道旅も思うようにできない藤井竜王が、
「おろし蕎麦が名物と聞いていて、思ったより大根おろしの辛みが強いことに少し驚いたが、今まで食べてきたものと違って、本場の味を楽しめたと思っている」
おろし蕎麦の感想をそう述べていたのを読み直すと、なかなかに味わい深い。
将棋史に残る今回の仁和寺対決でも、藤井竜王は「勝負メシ」「勝負おやつ」で旅情を味わうことだろう。
(那須優子)