今や時の人である。国民民主党代表の玉木雄一郎氏(55)。「手取りを増やす」という単純明快なワンフレーズで、衆議院の議席を「7」から「28」にも増やした。「年収103万円の壁」を叩き壊すという公約実現に向け「178万円は譲らない」とあくまでも強気の構えだ。押しも押されもせぬ、政界随一のキーマンとなった「闘志ムキ出し素顔」に迫る。
2017年8月20日付の産経ニュースと21日付の産経新聞朝刊に掲載されたある記事を巡って、玉木氏と邂逅することになった。
17年8月23日、ハフィントン・ポストに以下の玉木氏の所感が掲載されたが、僕の記事がきっかけだ。
〈【加計学園問題】玉木雄一郎、ネット等のデマにすべて答えます〉との見出しで、〈産経新聞8月21日付朝刊の産経新聞記事にも、本人に何の取材もなく書かれた記事が出て驚いています。記者は、取材もせずにネット上のフェイクニュースでも基にして記事を書いたのでしょうか。ジャーナリズムの基本を疑わざるを得ません〉と、のっけから手厳しい。当時、安倍晋三総理の「加計学園問題」が連日、国会で取り上げられていた。玉木氏は「文部科学省が『総理のご意向』と内閣府から言われたとする文書」を国会で取り上げ、安倍総理を追及していた。
ある時、玉木氏の政治資金収支報告書を見ていたところ、彼が代表を務める「雄志会」が日本獣医師政治連盟から12年12月7日に100万円の献金を受けていたことがわかった。〈日本獣医師政治連盟〉で検索すると、日本獣医師会のウェブサイトに行きついた。
日本獣医師政治連盟は日本獣医師会の政治団体である。この日本獣医師会のサイトにも、玉木氏が加計問題を国会で取り上げるように要請する際の様子が詳しく書かれていた。
そこには、17年1月30日、福岡県議でもある藏内勇夫会長名で〈(加計学園の)獣医学部の新設決定の撤回、これが不可能な場合でもせめて1校のみとするよう(中略)多くの国会議員の先生方にご理解をいただくように奔走いたしました〉との書き出しで、詳述されていたのだ。玉木氏が15年の総会に出席し、自身の父も獣医師であると明かした上で「この特区問題については、従来より心配しておりました」と述べていたこともわかった。
「おかしなことがあったら食い止めます」と、玉木氏が日本獣医師会の集会でスピーチしていたことも、獣医師会の会報に詳しく掲載されている。このいきさつを報じると翌日、玉木事務所の秘書から電話が入った。
「なぜ代議士に確認を取らずにあんな記事を載せたんですか。代議士が明日、東京に戻ってくるので、朝7時にホテルオークラに来てください」ときつい口調で言われ、僕は「政治資金収支報告書に書いてあることを『ここに書いてあることは事実ですか』と訊くのも変でしょう。連絡しておけばよかったとは思うが、別に瑕疵とは思いません」と答えた。しかし電話口の向こうからは「とにかく明日、来てください」の一点張り。時間変更を嘆願しても聞き入れてくれなかった。
翌朝、深夜までの勤務明けの重い身体を引きずるように家を出て、寝ぼけ眼のままオークラに向かった。
ホテルに着くと、すぐに玉木氏がいるのがわかった。腕を組み仁王立ちでこちらを睨んでいたからだ。入口ロビーに僕を招き入れると、「どういうことですか、昨日の記事は」と切り出した。「いえ、記事の通りですが‥‥」と答えると、「取材もしないで、勝手な記事を書いて。あれは安倍さんが暴走した問題のある案件ですよ」と気色ばんだ。
僕は「玉木さん、議員の職務権限って何ですか?」と返し、「玉木さんは100万円を獣医師連盟から受け取って、獣医師連盟に沿った形で質問を行った。これは請託を受けて職務権限を行使したことになりませんかね。僕が特捜部の検事だったら、玉木さんを調べますよ」と続けた。
玉木氏は僕をぎょっとした目で見ると、「(当時、民主党の衆院議員だった)Hくんが僕に『質問しろ』と言ったんだ。自分が率先してやったわけじゃない」と狼狽したように答えた。僕は社会部歴が長く、政治家に不都合な事実を取材することは何度かあったが、これほどストレートに感情の起伏を示す人は珍しい。案外、いい人なのではないかと思った。
三枝玄太郎(さえぐさげんたろう)1991年、産経新聞社入社。社会部などで警視庁担当、国税庁担当、東北総局次長などを歴任。2019年退社。現ジャーナリスト。YouTube「三枝玄太郎チャンネル」を配信中