社会

猫の遺骨800体「猫の館」訪問記①~「奥の扉を開けてみて下さい」と言われて…

 猫と暮らし、猫に取り憑かれたように飼い続ける人々を、敢えて「猫族」と呼ぶことにする。そんな猫族の元祖にふさわしいのは伝説のフラメンコダンサー、長嶺ヤス子さんをおいてほかにいない。そこで、猫を飼う原点に迫ってみたい。

 大地をうっすらと雪が覆う福島県猪苗代に出かけたのは12月半ば。長嶺さんの猫の館は猪苗代湖からは数キロ、猪苗代スキー場をやや下った場所にあった。かつては100匹以上も飼っていた猫の数は、今は13匹に減っていた。猫が逃げ出さないように広い庭のフェンスは折り返しにし、玄関からはドアが二重三重になっていた。奥のリビングに辿り着くと、ペット用ベッドなどで数匹が穏やかな時を過ごしていた。

 長嶺さんと長年、一緒に暮らすパートナーのHさんに、家の中を案内してもらった。台所を抜けた奥の階段を上がって左のドアを開けると二間あり、手前には茶トラと黒猫が重なるように横になっていた。その奥にはベッドの上に円形や四角の猫用ベッドが3つ置いてあり、そのひとつでキジシロが1匹、眠っていた。

 Hさんに「奥の扉を開けてみて下さい」と言われて、そっと取っ手を引いてみた。するとそこには猫用の骨壺が整然と並んでいた。骨壺にかけられた遺骨用カバーには「長嶺家 愛猫シロ之霊 平成十七年十月十四日」といったネームがついている。

「ウワー、すごいですね。いくつあるんですか」

「800ぐらいかな。土には埋めずに、こうやって全部の猫の遺骨を仕舞って供養しているんです」

「この棚に800も?」

「いや、その隣りの扉の中にもあるし、ヤス子さんの寝室にも並んでいますよ」

 寝室にも案内してもらった。壁には猫との思い出の写真が一面に飾られ、棚のようなスペースに骨壺が並んでいる。そんな部屋にいるのは薄気味悪いと思う人もいるに違いないが、普段から猫と寝食をともにしていると、猫に思いを馳せることはあっても、例えば猫の霊に取り憑かれるのでは…という恐怖心に駆られることがないから不思議だ。猫族は猫が生きていても死んでいても、いつでも一緒にいるような感覚が続くようだ。

 これだけの猫をどうやって骨にしているのか。Hさんが答える。

「会津若松にペット霊園もやっているお寺があるんです。いくらで? 一度に複数のことも多いからね。1体1万円、いや2万円くらいになるのかな。最終的には庭に骨を埋めるしかないと思います。土に返すのが一番だから。いずれヤス子さんも僕も、いなくなるわけですから」

 フラメンコダンサーとして活躍していた長嶺さんが故郷の猪苗代に帰って来たのは、40年ほど前。野良猫や長嶺さんの家に置いていった猫など100匹以上も飼っていることがマスコミで取り上げられ、10年ほど前には保護した猫120匹と犬もいた。新たに猫を引き取り、死んでいく…それを繰り返しているうちに、これまで800匹を見送ることになったというわけだ。

 そもそも長嶺さんが猫を飼うようになったきっかけは何だったのか。

 福島県会津若松市出身の長嶺さんがスペイン舞踊を習い始めたのは、今から70年前。その後、スペインのマドリッドに渡り、フラメンコに魅せられ、現地の大きな賞を獲得し、ダンサーとして日本でも有名になった。

 帰国してからは古典と現代舞踊による「娘道成寺」が高く評価され、世界的にも名前が知られるように。2001年には紫綬褒章を受章している。

 そんな長嶺さんの運命が大きく転換する出来事が起きる。1980年、長嶺さん44歳。東京の外苑前を車で走っていた時に、道路に飛び出して来た猫を轢いてしまったのだ。長嶺さんが回想する。

「私が運転していたの。広い道路の真ん中に街路樹があるでしょ。そこから猫がピョンと飛び出して来た。咄嗟のことで、とても避けられなかったわ。横たわっている猫を慌てて病院に連れて行きました。先生が必死に手当てしてくれたけど、朝方に亡くなって…」

「飛び出して来たから避けようがなかった」と長嶺さんは繰り返した。長嶺さんは画家としても活動している。その轢いた猫を描いた小さな絵を額縁に入れて、今も大切に飾っている。

 それからは猫を供養する思いを込めて、捨て猫などを拾っては育てるようになった。そのために近隣とトラブルになり、一時は騒動がワイドショーで大きく取り上げられている。

(峯田淳/コラムニスト)

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