福島県の猪苗代は積雪が1メートルを超え、日によっては一晩で60センチも積もることがある。88歳になる伝説のフラメンコダンサー・長嶺ヤス子さんが住む「猫の館」も、雪の中にスッポリ埋まっている。
パートナーのHさんは、道路から家の玄関までの坂道の雪かきに何時間も費やす。もちろん猫たちは仮に外に出たくても、一歩も出ることはできない。長嶺さんに聞くと、ピーク時は猫200匹と犬15匹を飼っていたという。それが今では猫13匹で、犬はいない。そもそもどうして、猫がそこまで増えたのか。長嶺さんは言う。
「私が猫をたくさん飼っていて、引き取ることを知って家の前に捨てて行く人がいるんです。声をかけて直接、手渡ししてくれればいいけど、それは気が引けるのか、黙って捨てて行くんですよ。それから迷い猫もいます。リビング横の土間のある空間を開けておくと、猫が入ってくることがあります」
長嶺さんはそう言って、リビング横の土間の部屋の物置台の上で寝ている茶トラの猫を指した。ちょっと前にやって来て、居ついているのだという。Hさんはこう語るのだった。
「僕がやって来たのは10年くらい前だけど、家の中が犬猫だらけで動物園みたいでした。時には外にキツネ、タヌキ、ハクビシンにアライグマも来るし。でもこの土地には基本的に、野良猫がいないんです。寒さが厳しくて、冬を乗り超えることができない。よほど生命力が強い猫じゃないと生き残れない土地柄です。雪が降るとエサがなくなる。ゴミ箱を漁ろうにも、猪苗代スキー場があるのできちんと管理されていてエサがない。捨てられたか、迷い込んだ猫はウチと、ウチの下の方にあるお宅で面倒をみているようなものです」
都会とは異なり、病気をしてもすぐに病院に連れて行くことは難しそうだ。それでも病気の猫は極力、介抱している。リビングには酸素室があった。そのそばには、痩せたキジシロの猫。酸素室は呼吸が苦しくなった猫用に濃い酸素を送り込んで楽にしてあげる、ガラスケースのようなもの。2021年に死んだ我が家の猫ジュテも、最後は酸素室に入れた。
「この猫(こ)にはステロイド注射をやっていたんです。最初は1カ月ぐらい効いたけど、そのうち10日しか効かなくなり、副作用も出てきて。腎臓が悪くなるし、最近は口が臭うようになって。苦しいみたい。そんな時は酸素室に入れるけど、酸素を入れると部屋(酸素室)が寒いみたいで…」(Hさん)
キジシロは乗っていた台から降りて、鳴きながら床をウロウロ。トイレなのか何か食べたいのか、わからない。Hさんが座布団を差し出すと小さくうずくまって、しゃがれた鳴き声で何かを訴えていた。再び長嶺さんが言う。
「ご飯は缶詰とカリカリの両方をあげています。けっこう高いもので、お金がかかります。でも最初は食べるけど、猫は飽きちゃうのね。だから色々、工夫しながら…」
これから、どうするのだろうか。
「ヤス子さんも僕ももう年なので基本、増やさないようにしています。でもやってきたら飼わざるをえないですからね」(Hさん)
1階のリビングには痩せたキジシロ、土間に茶トラ、隅っこのソファーとペット用ベッドに2匹…。
2階の長嶺さんの寝室には、長嶺さんだけに懐いている猫がいる。ベッドの枕元にはぬいぐるみが。その隣りの部屋には仲よく寄り添う兄弟の黒と茶トラの猫、白猫2匹、その隣りの部屋にはキジシロの猫…。
収納されている骨壺とは別に、比較的新しい骨壺がリビングに何体かずつ置かれている。800体ある骨壺が今後、増えることはあまりなさそうだ。
「母親がすごく猫を怖がって、子供の頃に猫を飼うことができなかった。私は猫がかわいくて、ずっと飼いたかったけど。それなのに道路に飛び出した猫を轢いちゃったからね」
そんな思いの長嶺さんとともに今、飼われている13匹、供養してもらっている800体の猫たちは猪苗代にいる。
(峯田淳/コラムニスト)