145万年前の骨の化石による切り傷から、人類の近縁種族が同様の近縁種を殺害し、食料にしていた可能性が高い――。スミソニアン国立自然史博物館の研究チームが、そんな決定的証拠を発見したとする論文を、学術雑誌「Scientific Reports」に発表したのは、2023年6月である。そして今年2月、今度は同誌に、驚くべき論文が掲載される。ポーランドで発掘された約1万8000年前の人骨群を調査研究したところ、なんと当時のヨーロッパ人にもカニバリズムの習慣が残っており、特に栄養価の高い「脳みそ」を好んで食べていた、とするものだ。
この衝撃的な論文を執筆したのは、スペインにあるカタルーニャ人類古生態・社会進化研究所の研究チーム。彼らは後期旧石器時代に栄えたマドレーヌ文化遺跡などで人骨群の調査研究を行い、10体の人骨を発掘。今回発表されたのは、ポーランドのマシツカ洞窟から出土したものだ。
当初から人骨には歯型が付いておらず、解体処理した痕跡があることから、葬儀などの儀式を主目的としたものではないかと推測。人骨のサンプルを高精度3D顕微鏡で分析したところ、7割弱に人為的骨折や切断痕があり、断面には典型的な切断痕が見られた。これが肉食獣に襲われたり、事故などでできたものではないと断定。葬儀における「文化的慣習」として、死体をとも食いしていた可能性が極めて高いことがわかったのである。
さらに現在もフランスやスペイン、イギリスなどに分布するマドレーヌ文化の遺跡からは、カップやボウルに加工した頭蓋骨が多数見つかっている。研究チームは、古代人が栄養価の高い「脳みそ」を、貴重なたんぱく源として大切に食していた、とみている。
人骨が処理された痕跡から、解体されたのは腐敗や乾燥してからではなく、死んだ直後であったことも判明。つまり彼らは死後ほとんど時間を置かずに頭皮を剥ぎ、肉をそぎ落とし、さらに耳や顎を切り落としたことになる。
「ただ、それがマドレーヌ文化において一般的な慣習だったのか、あるいは一部地域だけで行われていたものなのかは、まだ研究段階にあります。というのも、調査した人骨にはとも食いの跡が見つかったものもあれば、きちんと埋葬または安置されていたケースも多数存在するからです。中には埋葬ととも食い、両方の証拠がみられる遺跡もあったのだとか。いずれにせよ、古代人が長年にわたってカニバリズムを行っていた可能性が出てきた、ということです」(古代文明に詳しいジャーナリスト)
新たなる証拠の発見を待ちたい。
(ジョン・ドゥ)