今から約2万3000年から1万2000年前の後期旧石器時代、ヨーロッパは北西の「マグダレニアン文化」と、南東の「エピグラヴェット文化」により形成されてきた。
その「マグダレニアン文化」が栄えたイングランド南西部サマセット州にあるガフ洞窟で、ロンドン自然史博物館の考古学者らが、約1万5000年前のカニバリズム、つまり人間が人間の肉を食べる習慣があるという証拠を発見した。11年前のことだ。カニバリズムの対象となっていた遺骨はマグダレニア人のものだけであることを突き止めた研究チームは先ごろ、学術誌「Quaternary Science Reviews」(10月4日付)に寄稿。世界の考古学者や文化人類学者を驚かせた。文化人類学に詳しい科学ジャーナリストが解説する。
「犯罪心理学ではなく、文化人類学の分野において、カニバリズムという行為は猟奇的な犯罪によるものではなく、飢えによってやむをえず人肉を食べるなど、当時の文化の中で社会や制度として認められた慣習、あるいは風習のみを指します。研究チームは11年前のガフ洞窟におけるカニバリズムの痕跡発見以降、ヨーロッパに点在する後期旧石器時代の遺跡を広範囲に調査。ところが、痕跡が見つかったのはマグダレニア人の遺跡のみで、同時代に存在したエピグラヴェット人のものは含まれていませんでした。そのため、マグダレニア人のみが文化の一環として、葬儀でカニバリズムを行っていた最古の証拠と結論付け、発表に至ったのです」
マグダレニア人は、およそ1万4000年から1万9000年前の北西ヨーロッパに居住していた狩猟採集民で、彼らが暮らしていたガフ洞窟では、シカやウマなどの動物の骨に混ざり、人骨が発掘された。そして頭骨にだけ精密な加工がなされていたことで、研究チームは彼らが家族や仲間の死体を処理する際、なんらかの「儀式」を行っていた可能性があると推察している。
「当時の北西ヨーロッパに分布していたマドレーヌ文化の遺跡では、59カ所で人骨が発掘されました。分析の結果、現在のフランス、ドイツ、スペイン、ポルトガルなど計25カ所の地域で葬儀を執り行った痕跡が確認され、うちカニバリズムが行われた痕跡があるのは13カ所。残りのうち10カ所はそのまま埋葬されていて、2カ所で埋葬とカニバリズムが混在した痕跡が見つかったとされます」(前出・科学ジャーナリスト)
なぜマグダレニア人だけが葬儀でカニバリズムを行い、その目的が何なのかは今後の調査を待つことになるが、世界最古の「人肉食」の証拠発見に、研究者らも驚愕している。
(ジョン・ドゥ)