トランプ大統領の暴走が止まらない。ウクライナのゼレンスキー大統領を「独裁者だ!」と罵り、G7リモート首脳会合でも声明文にロシアの「侵略」と書くことを拒否。挙げ句の果ては侵攻3周年で開催された国連総会でのロシア非難決議でベラルーシや北朝鮮と並んで反対票を投じた。旧バイデン政権下でウクライナを支援してきた米国が、今や侵略国ロシアの応援団となったわけだ。
これは、トランプの性格によるものがまず大きい。2月18日にトランプが「ゼレンスキーの支持率はわずか4%の低さだ」と発言したことに対し、実際には50%以上の支持率のゼレンスキーが翌日、「トランプ大統領は米国民のリーダーとして非常に尊敬しているが、残念ながら偽情報の空間に生きている」と発言。これを自分への批判と受け取ったトランプが、すかさず「独裁者だ」と反応したのだ。
もっともゼレンスキーが、〝偽情報の空間に生きている〟と評したのは正しい。ロシアとウクライナの停戦の仲介に乗り出しているトランプだが、もとより「ウクライナが戦争を始めた」というような不正確な発言が多く、仲裁者としては不適切である。ゼレンスキーの支持率が4%などという誤認識も、ロシアが盛んに流しているプロパガンダを真に受けたもので、トランプはロシアの情報戦略にすっかりコントロールされてしまっているのだ。SNSなどでさまざまな情報を集めているつもりが、いったん特定の情報源にのめり込むと、他にも同じ傾向の情報ばかり集まってくるようになる情報環境に陥ってしまう。これを「エコーチェンバー現象」というが、トランプはまさにそれで、しかも完全にロシアの〝仕掛け〟に踊らされているのである。
そもそもトランプは、米政府の省庁や情報機関からの報告をあまり聞かず、自分に擦り寄ってくる人間ばかりから話を聞いているのだが、彼の周囲には陰謀論にまみれてすっかりロシアの代弁者になった人物も少なくない。本欄ですでに紹介した大富豪のイーロン・マスクがその筆頭だが、他にも有名人はいる。
その代表格がTVコメンテーターのタッカー・カールソンだろう。トランプ第1期政権の時期に、保守系の大手TV局であるFOXのキャスターを務めた人物だ。彼はトランプのインナーサークル(側近集団)のひとりだが、最近も「ゼレンスキーがすべて悪い。彼は自国民を殺害する元凶だ」「米国民の税金からの支援で、ウクライナの政治家たちは贅沢な暮らしを楽しんでいる」などと、ウクライナを敵視する発言を繰り返している。つまり、トランプは今、こうした〝情報〟ばかりに囲まれているのである。
全米屈指の人気番組のキャスターだったタッカー・カールソンは、米国内の知名度でいえばイーロン・マスクと同レベルと言える有名人だ。しかも、最近になってトランプに食い込んだマスクと違い、カールソンは第1期トランプ政権時からの古い最側近でもある。現在もトランプ陣営での発言力は大きい。
カールソンは69年生まれ。父親は米国の大手公共メディア「PBS」(公共放送サービス)社長や駐セーシェル米国大使も務めた人物で、政治色の強い家庭に育つ。大学卒業時にCIAに就職しようとしたが果たせず、父と同じメディアの道へ。いくつかの雑誌・地方紙の校閲担当を経て、25歳で雑誌「ウイークリー・スタンダード」に。そこからフリーのコラムニストとなり、「リーダーズ・ダイジェスト」「ニュー・リパブリック」「ニューヨーク・タイムズ・マガジン」「ウォール・ストリート・ジャーナル」などの著名メディアで活動した。当時は権力層に批判的な論調で、アフガニスタン紛争やアフリカの内戦などの国際情勢記事も手掛けている。
30歳でCNNのコメンテーターとなり、看板番組「クロスファイア」の共同司会を務める。35歳でMSNBCTVの番組「タッカー・カールソンとのシチュエーション」のキャスターに。反リベラルの論調によって38歳で解雇され、FOXニュースの政治コメンテーターに転身。40歳からは同時に保守系のサイト「デイリー・コーラー」を設立して初代編集長を務めた。FOXでカールソンは人気を集め、47歳時の16年からは同局で「タッカー・カールソン・トゥナイト」のキャスターに抜擢。全米屈指の視聴率を誇る同局の看板番組に育てた。
カールソンは16年の米大統領選でトランプ候補を強力に推し、第1期トランプ政権ではトランプ派の最重要なインフルエンサーになる。前述したように、知名度でいえばトランプ側近の中では圧倒的と言っていいだろう。
番組では、大手メディアとしては突出した極右的な主張を展開し、きわめて攻撃的な物言いが特徴である。人種差別主義者、あるいは性差別主義者と批判されることも多い。また、コロナ関連やQアノン系の陰謀論の拡散も多い。以前からのプーチン支持者で、ウクライナ侵攻でもプーチン擁護の論陣を張った。「ゼレンスキー政権はキリスト教徒を迫害している」「ウクライナは生物兵器を開発している」などのフェイク情報もしばしば流している。FOX経営陣との対立から23年に解雇されるが、X(旧・ツイッター)で「タッカー・オンX」を開始。同番組の第1回のテーマは「米国がUFOを回収」だった。同時並行的に24年にはポッドキャスト「タッカー・カールソン・ショー」を開始したが、こちらは全米屈指の人気コンテンツになっている。
24年2月、そのなりふり構わぬ擁護ぶりをプーチン政権に認められ、ウクライナ侵攻以降、西側メディアとして初のプーチン大統領単独インタビューを許された。もっとも、ジャーナリストとしての取材ではなく、ロシアのプロパガンダの片棒を担いだのが現実だ。
こうした政治的悪影響ぶりには批判の声も多い。その急先鋒が元米海軍ネイビー・シールズ出身の米国下院議員のダン・クレンショーだ。彼は共和党議員だがウクライナ支持で、ロシア支持のカールソンからしばしば批判されていた。両者はネット言論界で激しく対立する関係だったが、2月24日、クレンショーは英TVでのインタビュー時に、マイクがオンであることに気づかずに「カールソンに会ったら必ず殺す」と失言し、それが拡散されてしまった。トランプ派の間では今、彼に対する批判の大合唱になっており、そのまま米国内のプーチン支持の声が勢いづく事態になっている。
黒井文太郎(くろい・ぶんたろう)1963年福島県生まれ。大学卒業後、講談社、月刊「軍事研究」特約記者、「ワールドインテリジェンス」編集長を経て軍事ジャーナリストに。近著は「工作・謀略の国際政治」(ワニブックス)