米大統領選が11月5日に迫ってきている。
目下、共和党のドナルド・トランプ候補と民主党のカマラ・ハリス候補、両者の支持率は拮抗。両陣営は激しい選挙戦を繰り広げている。
中でも、トランプ候補は〝絶口調〟で、ハリス候補への人格攻撃をヒートアップさせている。9月28日の集会では、不法移民問題を批判する文脈でハリス候補を「精神障害だ」と罵倒した。もはや悪口の域を超えた論調だが、〝トランプ節〟は健在であることがわかった。トランプ陣営のバンス副大統領候補もなかなかの人物で、9月9日には移民排斥の文脈で「(移民が)ペットを誘拐して食べている」などというデマを投稿。トランプ陣営はそれこそ「怪人」しかいない状況だ。
ハリス陣営が女性や性的少数派の権利を強調するのに対して、トランプ陣営は米国第一主義の移民排除を訴える。支持者には男性優位のマッチョ系が多いが、そんなトランプ陣営に馳せ参じる女性もいる。
派手めな女性が多く、第1期トランプ政権では、モデル経験もある長女のイヴァンカ・トランプ、ミニスカ姿が艶やかなケイリー・マケナニー報道官などが注目された。イヴァンカは大統領補佐官を務めたが、現在は政治とは距離を置いている。マケナニー元報道官はその後、FOXテレビの右派キャスターとして活躍した。
この2人に負けないぐらい現在のトランプ陣営には個性的な女性が集っている。中でも目立っているのが、マージョリー・テイラー・グリーン下院議員だ。74年にジョージア州に生まれた彼女は、大学卒業後に父親の建設会社を継ぐ。その後、30代半ばでフィットネス・ジムの経営者兼インストラクターとなる。ここまでは、裕福な家庭に生まれた普通の米国女性の人生であったが、トレーニングの動画をSNSやポッドキャスト配信するネット活動が、グリーンの転機となった。
極右陰謀論系の過激な投稿を始めるようになったのだ。一部でグリーンの投稿は注目を集め、第1期トランプ政権発足直後の17年、43歳で陰謀論サイト「アメリカン・トゥルース・シーカーズ」寄稿家となり、あれよあれよいう間にと極右陰謀論の論客にのぼりつめる。
同時に、グリーンは政治運動にも乗り出す。銃規制反対の論陣を展開し、ウェスタンガール風の服装でみずから銃を扱う動画を配信したところ、政界右派の間で評判に。翌18年には陰謀論系「ファミリー・アメリカ・プロジェクト」に参画。いわゆる「Qアノン」系陰謀論のインフルエンサーとして名を馳せる。
Qアノンでは、トランプ大統領(当時)こそ「ディープステート(闇の政府)と戦う英雄」とされている。グリーンは、その「英雄」をベタ褒めしたことで、すっかりトランプ本人にも気に入られる。20年の下院議員選挙でジョージア州から出馬し、銃規制反対団体や極右民兵の支持も受けて当選した。この選挙用ビデオで自動小銃のAR-15を構えたパフォーマンスが物議を醸し、全国的な有名人となった。
議員になったグリーンは、「民主党幹部は小児買春組織を運営している」「銃乱射事件は銃規制派の自作自演」「民主党がイスラム過激派を育てた」などのトンデモなQアノン発言で世間を騒がせる。20年の大統領選でトランプがバイデンに敗れた際は、選挙で不正行為があったとの根拠なき主張で無効運動を扇動し、Qアノン信奉者たちから拍手喝采を浴びた。
過去に民主党議員への暴力を扇動する言動があったとして、民主党から弾劾決議案が出され、予算委員会と教育労働委員会を除名されたが議員には留まった。陰謀論者らしくプーチン支持派で、ウクライナを激しく批判。24年5月には、ウクライナ支援を支持した共和党下院議長の解任動議を提出する。それは不発に終わったが、共和党内にも多くの敵を作った。この下院議長はトランプ派だったため、トランプもさすがにこのグリーンの行動を批判した。が結局のところ、お気に入りのグリーン本人のことは擁護したため、現在もトランプ側近として活動している。
トランプは今も集会などでグリーンを賛美。9月29日にはアラバマ州でのアメフトの試合をともに参戦したが、ちょうどグリーンの地元のジョージア州がハリケーンで大きな被害が出た直後だったため、彼女は批判の的になった。もっとも、本人はまったく気にする様子はない。
トランプ候補の寵愛を巡って争っているわけではあるまいが、トランプ陣営にはグリーンとトラブッている、もう1人のマドンナ的存在がいる。極右活動家のローラ・ルーマーだ。
93年生まれの現在31歳と、グリーンよりだいぶ年下ではあるが、活動家としては筋金入りである。大学在学中の15年に極右組織と組んで民主党を反イスラム陰謀論で攻撃する活動を開始。卒業後も極右系陰謀論サイトを拠点に、活発に反イスラム活動を続けた。
17年、トランプを批判する内容の演劇上演を妨害して逮捕されるが、逆に親トランプ派の間でルーマー支援運動が巻き起こり、彼女は一躍、時の人になる。その後、陰謀論インフルエンサーとして活動し、そこでトランプ本人とも急接近。グリーンと似たような経緯を辿って、ルーマーもトランプ側近となった。
先頃、ルーマーはSNSで、インド系のハリス候補が勝利すると「ホワイトハウスがカレーの匂いになる」と投稿。これに、グリーンでさえも「人種差別だ」と苦言を呈したが、この2人の間には前哨戦があった。かつて、グリーンの回顧録を「ゴミ」とルーマーは斬り捨て、亀裂が深まっていたが、カレー投稿で両者は決裂した。
過熱する大統領選の裏でトランプお気に入りのトンデモな〝怪女〟ツートップのバトルも進行中である。
黒井文太郎(くろい・ぶんたろう)1963年福島県生まれ。大学卒業後、講談社、月刊「軍事研究」特約記者、「ワールドインテリジェンス」編集長を経て軍事ジャーナリストに。近著は「工作・謀略の国際政治」(ワニブックス)