政治

“全世界からタブー視される”国際ニュースに潜む怪人列伝〈ハマス武闘派幹部の横顔〉

 昨年10月、パレスチナ組織「ハマス」の軍事部門が、約1200人を殺害するテロ事件を起こした。対するイスラエル軍はハマスの本拠地「ガザ地区」を攻撃。テロとは無関係のパレスチナ人の一般住民ごと大量殺戮する無差別攻撃を続けていて、犠牲者はすでに4万人に達している。

 流血の紛争が続く中、日本では8月9日の長崎平和祈念式典にイスラエル駐日大使が招待されず、それに反発する米英らG7各国大使が参加しなかったことが、大きなニュースになった。この件を巡り、イスラエルとハマスのどちらが悪いかという論争がSNSの一部で巻き起こっている。往々にしてネット論壇では、論争の相手だけを批判し、少数ではあるが自説以外の論者を相手側シンパと勝手に見做して罵倒する一群が現れて白熱する。が、単純なポジショントークなので無視していいだろう。そもそも、どちらが良いか悪いかで論じるなら、テロを起こしたハマスは悪いし、一般のガザ住民を殺戮しているイスラエルも悪いとなり、結論は堂々巡りである。現在の紛争を見誤ることになりかねない。

 そこで、今回はパレスチナ市民の殺戮という最悪の事態が予測されたのにテロを起こし、しかもどんなに犠牲者が出ても戦いを止めようとしないハマスにスポットを当てたい。

 ハマスは独特な組織で、政治部門、軍事部門、行政・社会活動部門がそれぞれ別系統で運営されている。政治部門はカタールの首都・ドーハを拠点としており、そこに「政治局」と最高意思決定機関「マジリス・シューラ」(最高評議会)が置かれている。ただし、マジリス・シューラは高位のイスラム聖職者たちによる形式的なもので、実権は政治局にある。ただし、政治局長個人に絶対的な権限があるわけではなく、有力幹部の合議が基本だ。

 他方、軍事部門はガザ地区内で活動しているが、かねてイスラエルの標的とされてきたため、完全な秘密地下組織だ。指揮系統としては政治局の下になるが、実際には政治局内の武闘派幹部と直結しており、その指揮下にある。なお、ガザ地区内で学校や病院の運営などを行う行政・社会活動部門も政治局の統制下にあるが、こちらは軍事部門とは別系統の組織であり、テロとは一切関係がない。

 昨年10月のテロは軍事部門の「カッサム旅団」の作戦である。政治局の武闘派幹部は当然、関与している。政治局長以下の多くの幹部は計画に積極的に関与していなかっただろうが、有力者間で「話を通す」ことは重視されるので、まったく知らなかったということは考えにくい。

 ここまで見てくればわかるように、中東の紛争では国家の大統領・首相ではない「民兵」「武装勢力」のメンバーが重要な役割を果たしている。続けて耳馴染みのない人名が出てくるが、それこそが実は重要だ。特に、アラブ世界はさまざまな組織が乱立していてわかりづらいが、実際には活動家たちの個人同士の人間関係が大きな意味を持つ。報道では組織名はよく出てくるが、それより各人の個性と人脈に注目しないと、状況の深層は理解できない。

 そこで、浮上するハマス側のキーマンが、ヤヒヤ・シンワルである。1962年生まれの61歳と伝えられ、10月のテロ攻撃の首謀者の1人と見られる。当時は政治局からガザ地区のハマス代表に任じられていた。他に、テロを首謀したキーマンは2人いた。政治局次長のサレフ・アロウリ、そしてカッサム旅団のムハマド・デイフ司令官だ。

 このうち、アロウリはもともとカッサム旅団の創設者だった元司令官で、その後、国外でイラン工作機関との窓口となっていた人物である。カッサム旅団の武装化はすべてイラン工作機関によるもので、10月のテロもアロウリとイランの連携があって初めて実行できた。レバノンを活動拠点としていたが、今年1月にイスラエル軍によって殺害されている。

 カッサム旅団司令官のデイフは古参の戦闘指揮官で、前任者たちがイスラエル軍に殺害されたため、02年から司令官を務めてきた。完全に地下潜伏し、生死自体が長年にわたって未確認だったが、今年7月13日のガザ地区内での空爆で殺害されたことが確認されている。

 残る1人となったシンワルは目下、イスラエルの最大の標的となっている。もとよりハマス創設時からの幹部で、カッサム旅団の前身のハマス公安警察部隊「アル・マジド」の創設司令官だった。ハマス軍事部門の創設を主導したが、88年にイスラエル軍に逮捕され、収監された。捕虜交換で11年に釈放され、翌年にハマス政治局幹部となる。

 いわば、〝ムショ帰り〟の組織功労者である。それゆえ、大きな影響力を持った。カッサム旅団の幹部の多くがもともと〝子分筋〟だったこともあり、政治局幹部として実質的な武闘派のリーダーとなった。

 17年、ガザ地区のハマス代表(ガザ地区政治局長)に就任する。これは組織的には政治局長の部下になるが、実際には武闘派リーダーとして大きな求心力があり、実質的には政治局長と同等クラスの発言力があった。同じく軍事部門草創期からの仲間である前出・アロウリと連携してカッサム旅団の強化を主導し、イラン工作機関とも密接な関係にある。こうして昨年10月のテロを首謀した。イスラエル軍は懸賞金をかけて行方を追っているが、いまだ生き延びている。

 7月31日、ハマスのイスマイル・ハニヤ政治局長(もともとハマス創設時の最高指導者だったイスラム聖職者の側近で、軍事部門とは距離がある人物)が訪問先のイランで暗殺された。その後任の新政治局長としてシンワルが選出された。ハマス政治局には他にも有力者はいたが、シンワルとイランとの良好な関係が決め手となったようだ。

 筋金入りの武闘派が名実ともにリーダーとなり、今後もイスラエル軍に命を狙われても、どれだけガザ住民が犠牲になっても、ハマスが強硬な姿勢を崩さない可能性が高い。ガザの一般市民にとっては最悪の人選かもしれない。

黒井文太郎(くろい・ぶんたろう)1963年福島県生まれ。大学卒業後、講談社、月刊「軍事研究」特約記者、「ワールドインテリジェンス」編集長を経て軍事ジャーナリストに。近著は「工作・謀略の国際政治」(ワニブックス)

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