今から25年ほど前のこと、格闘技界に驚きの事態が起きた。アントニオ猪木に近い関係者から「マイク・タイソンから異種格闘技の対戦オファーが届いている」との情報を得たのである。
タイソンはボクシングの元ヘビー級世界王者。猪木は1998年に引退していたが、タイソン戦ならば、最高の形で現役復帰する価値は十分にある。
当時のタイソンは様々なトラブルを起こしており、全盛期に比べると力は衰えたとはいえ、現役バリバリのボクサーだった。事実なら伝説のモハメド・アリ戦に続く、世界的なビッグマッチになるのは間違いない。
その信憑性を確かめるべく、帝拳プロモーションの本田明彦会長に電話取材した。当時、本田会長はタイソンの日本での代理人を担っており、なんらかの情報を知っている可能性があると考えたからだ。
すると本田会長は「それはありえない」とあっさり否定した。さらに当時のタイソンが、まだ世界王者への返り咲きを目指しているという現状を指摘した上で、
「タイソンの周りには、たくさんの人がいる、正式な代理人は数人いて、その他に代理人の代理人といった『自称代理人』のような怪しい人物も多い。おそらく、そういった類の人物からの情報でしょう」
タイソンが置かれた状況を、そう解説してくれたのだ。タイソンのネームバリューにあやかりたい「自称代理人」が数百人もいる、というのだ。
本田会長にここまで否定されると記事にするわけにもいかず、しばらく様子を見ることに。結局、このスーパーマッチについての進展はなかった。本田会長の見立てが正しかった、ということなのだろう。タイソンは現役時代に人間不信に陥ったというが、こうした怪しげな人間に囲まれていたことが影響していたのだろう。
とはいえ「猪木VSタイソン」は、ぜひとも見てみたかった。猪木が亡くなって2年半が経った今、改めてそう思うのである。
(升田幸一)