テニスの公式ルールブックには、失格の要件に「危険もしくは無謀なボールをコート内に故意に打つ、もしくは、不注意に打ったボールが深刻な事態を招いた場合」と記されている。そんな失格の是非をめぐり、大々的に物議を醸した「事件」がある。全仏オープン女子ダブルス(2023年6月)での、加藤未唯に対する失格判定だ。
加藤は3回戦でアルディラ・スーチャディ(インドネシア)と組んだ女子ダブルスに出場。対する相手はマリエ・ブズコヴァ(チェコ)とサラ・ソリベス・トルモ(スペイン)組だった。
第1セットを失うも、第2セットを3-1とリードして迎えた第5ゲーム。ポイント間に、加藤がコート反対側へ向けてボールを送ったところ、それがボールガールの肩を直撃した。
テニスの試合では、選手がボールパーソンに返球を行なうのはよくあること。それをダイレクトキャッチした少年、少女に客席から拍手が送られるのは、たびたび見かける光景だ。しかし運悪く視線をそらしていたボールガールはショックで動けなくなり、泣きじゃくってしまったのである。
このアクシデントにより、試合は中断。加藤はボールガールに謝罪し、審判から警告を受けるにとどまった。ところが警告処分を不服とする相手ペアが主審に詰め寄り、
「あんなに泣いているじゃないか。血も出ている。あれは失格だ、失格だ!」
と激しく抗議を繰り返す。その結果、スーパーバイザーの判断により、加藤の返球は「危険な行為」とみなされ、処分は「失格」に変更された。加藤組はペナルティーとして、賞金とランキングポイントを失うことになったのである。
だが、加藤は引き下がらなかった。そんなアクシデントを乗り越え、見事にグランドスラム初優勝を果たすと、試合後のスピーチで、こう語りかけた。
「心のこもった支援のメッセージをくれた選手たち、コーチたち、そしてみんなに感謝の気持ちを伝えたい。そのポジティブな支えがあったから、私はここに立てた。失格は残念だったが、いつかまたここに戻って、女子ダブルス決勝に進めるよう頑張りたい。ボールガールが無事だと願っている」
感極まった様子で声明を読み上げると、会場は大きな拍手に包まれたのである。すったもんだはあったものの、騒動はこれで収束…するはずだった。
ところが、だ。後日、対戦相手のブズコヴァが地元チェコのメディアに答え、
「(加藤は)試合中、ずっと怒ってラケットを投げていた。多くの選手が彼女の振る舞いを知っていたはず。残念ながら、失格以外は考えられなかった」
改めて処分の正当性を主張したのである。これが余計なひと言だった。今さらながらの「大問題発言」に、SNSは大炎上。彼女のインスタグラムには〈なんで終わった話を蒸し返すのか〉〈それがスポーツマンのやることか〉〈恥を知れ!〉といった猛抗議が殺到する大騒動に発展した。
国際大会で、なんとも後味の悪さを残す幕切れとなったのである。
(山川敦司)